ビートルズ超お宝映像、伝説のインド、リシケシの旅

ビートルズ、伝説のインド、リシケシにあるマハリシの瞑想道場を訪ねた時の超お宝映像
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明けましておめでとうございます。新年最初の記事は、明るい話題で行きましょう。

ビートルズとTM瞑想の創始者であるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが共に映る若かりし頃の超貴重な映像を紹介させて頂きます。

今から、48年前の1968年、ビートルズの4人が、当時のパートナー達と、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのインド、リシケシにあるシュラム(道場)を訪ねた時のものです。

私がTM瞑想を始める9年前ということになります。

リシケシは、ガンジス川の上流の方にあり、インド有数の聖地であり、パワースポットの一つです。

私もリシケシには、2回ほど行ったことがありますが、最初に訪れた時、ここは地上の楽園だな、という印象を持ちました。

インドだけでなく、世界中から、ヨーガや瞑想を実修する人々が集まって、日夜修行に励んでいる場所だけに、その波動は半端ではありません。

静寂と非常に柔らかな波動が支配している場所で、リシケシに入るだけで、リラックスした状態とある種の瞑想状態、つまり覚醒した感覚を誰しもが体験するはずです。

このリシケシの少し下流に、やはり聖地のハリドワールがあります。

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(地図は、
西遊旅行より)

インドの最大の祭りとして知られるクンブ・メーラが開催される都市として有名です。

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(上記写真2点は、トリップアドバイザーより)

ここは、リシケシより遥かに大きな街ですが、非常に美しい所で、覚者だったプンジャジが晩年愛した街と言われています。

私も大好きな所で、インドを訪ねた際は、リシケシ同様必ず行ってみたい街の一つですね。


ジョン・レノン曰く、自身の最高傑作「アクロス・ザ・ユニバース」は、この旅から生まれた

この映像のバックには、ジョンレノンの傑作の一つ「アクロス・ザ・ユニバース」が流れています。

この曲は、ジョンがこのリシケシに行ってインスパイアされた曲で、ジョンはこの曲の歌詞を彼の生涯で最高の作品だと語っていたようです。

ビートルズが1970年にリリースしたアルバム「レット・イット・ビー」に収録されています。

その歌詞を見てみましょう。

Across the Universe : The Beatles

Words are flowing out like endless rain into a paper cup,
They slither wildly as they slip away across the universe
Pools of sorrow, waves of joy are drifting through my open mind,
Possessing and caressing me.

Jai guru deva, om
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.

Images of broken light which dance before me like a million eyes,
They call me on and on across the universe,
Thoughts meander like a restless wind inside a letter box
They tumble blindly as they make their way
Across the universe

Jai guru deva, om,
  
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.

Sounds of laughter shades of life are ringing
Through my opened ears inciting and inviting me
Limitless undying Love which shines around me like a
million suns, and calls me on and on
Across the universe

Jai guru deva, om,
  
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.
Nothing's gonna change my world.

Jai guru deva
Jai guru deva
Jai guru deva
Jai guru deva

この歌詞で特徴的なのは、Jai guru deva, om, Nothing's gonna change my world という言葉が何回も出てくることです。

Jai guru deva(ジェイ・グル・デヴァ)は、マハリシが、師(グル)と仰ぐシュリ・スワミ・ブラフマナンダ・サラスワティに対して感謝の意を捧げる意味で、講話の最後などによく使っていた言葉で、グル・デヴに栄光あれ、という意味です。

インドでは、グルに対して、よく使われる言葉です。

次の Nothing's gonna change my world ですが、この訳が意外と難しいかもしれません。 

Nothing is going to change my world の省略形です。

直訳すれば、「何も僕の世界を変えようとはしていない」などとなります。

ネット上には、この歌詞の翻訳がいくつか載っていました。

「わたしはわたし わたしのまま」とか、 「何も変わらない僕の世界は」とか、「不動なり 我が世界」等など。

どの訳も間違いではないと思いますが、意味的には最後の「不動なり 我が世界」という感じで歌っているのではないでしょうか。

ちょっと、硬い響きの日本語ではありますが。

彼らは、瞑想をマハリシから習って、このインド、リシケシで、当然マハリシから意識について、或いはこの宇宙や創造の源について学んだことと思います。

そうすると、この私の世界という意味が、この宇宙の創造の源である「存在」或いは「純粋意識」と呼ばれるものについて示唆していることが分かります。

(この辺は、以前の記事「
超越瞑想入門 by マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー」)を御参照ください)

そのような深い意味が込められているからこそ、ジョンはこの曲の歌詞を彼の生涯最高の作品だと語ったのだと思います。

ということで、その方の訳を引用させて頂きます。

(以下、
The Beatles' Wonder World壺齋散人による歌詞の日本語訳)

言葉が流れる 果てしなく 降り止まぬ 雨のように 
荒々しく すり抜けていく 宇宙を 横切って
悲しみと 喜びとが こもごも我が 心を行き来し
わたしは恍惚そのもの

ジャイ・グルー・デーヴァ オーム
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界

ちぎちちぎれの 光が無数の 目のように 踊りながら
わたしに呼びかける 宇宙を 横切って
夢想が風のように絶え間なく去来して
捕まえたと思うや逃げ去っていく
宇宙を 横切って

ジャイ・グルー・デーヴァ オーム
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界

笑い声がひそかに聞こえる 鐘の音のように わたしの
耳に響き渡って わたしに呼びかける
無限の愛がわたしを包み込み 太陽の
ように わたしに呼びかける
宇宙を 横切って

ジャイ・グルー・デーヴァ オーム
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界
ナッシングス・ゴナ・チェインジ・マイ・ワールド
不動なり 我が世界

(以上、転載終わり)

それでは、その超お宝映像を見てみましょう。

妻がやっているフェイスブックから来たもので、残念ながら、ユーチューブでは見れないようです。

ということで、以下のアドレスをクリックして頂ければと思います。

Across The Universe (1968)
https://www.facebook.com/SydneyUrshanPage/videos/574307286038976/


(以下は、TMWave 記事「
誰にも知られていなかったマハリシとビートルズとの本当の関係」より転載)

誰にも知られていなかったマハリシとビートルズとの本当の関係

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ビートルズは1968年にマハリシと出会い、リシケシでマハリシと数週間を過ごし瞑想を学んだ。

ビートルズとマハリシの交流について、マスコミでは多くの報道がなされ、インターネットでもその話題が取り上げられている。

けれども多くの人々は、ビートルズがマハリシや超越瞑想の世界的な運動に影響を与えた以上に、マハリシがビートルズに影響を与えたことについては何も知らない。

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは2008年2月5日に逝去した。ビートルズがリシケシを去ってからおよそ40年後のことである。

ジョン・レノンはマハリシに再び会うことはなかったが、何年か後に電話を通して、彼の若気の至りが起こした不幸な出来事についてマハリシに謝罪した。

その出来事とは、マハリシが不正行為を犯したという非難をジョンが公然と行ったことだが、それはマハリシにとってまったく謂われのない非難であり、すべてはジョン自身の激しい気性から起こった出来事のようだった。

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「僕は今でもTMをしている」と、後年ジョージ・ハリソンは語っていた。

「マハリシは僕らのためになることだけをしてくれた。あの時以来、僕の体はマハリシから離れたところにいたけれど、心は決してマハリシから離れたことはない」。

1992年、ジョージは英国における超越瞑想とその他の「意識に基づく」プログラムを支援するために慈善コンサートを開催した。

ポール・マッカートニーとリンゴ・スターも瞑想を続け、2009年4月には、超越瞑想の学校導入を促進するための慈善コンサートを開催した。

「クレイジーな60年代の終わり、自分を安定させる何かを探し求めていた時に瞑想と出会った」とポール・マッカートニーは語っていた。

「それ以来、僕は40年間瞑想を続けている。狂乱のただ中にあっても、瞑想のおかげで平穏な時間が得られるようになった」。

リンゴ・スターも次のように述べていた。

「瞑想はマハリシからの贈り物だ。これまで人からもらったものの中で、本当に大切だと思えるものは少ない。瞑想は、その数少ないものの一つだ」。


ビートルズを甦らせた「超越」の体験

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マハリシの逝去に際して、ニューヨーク・タイムズはビートルズとマハリシの交流を「再評価」する記事を掲載した。

長い歳月が過ぎた後にマスコミがようやくこの件を正しく伝えるようになったのは喜ばしいことだ。

「インドでの経験」、すなわちビートルズがマハリシと共に過ごして超越瞑想を実践したことで、ビートルズの創造性はせきを切って流れ出し、そして「彼らはマンネリ状態に陥ることの恐怖から抜け出した」とタイムズの記事は報じている。

その記事はさらに、マハリシと過ごした時期はビートルズの人生でもっとも生産的な時期であったと表現し、次のように記している。

「マハリシと出会う前、ビートルズは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をリリースしていた。

そのアルバムを作ることの意義の一つは、ビートルズであるというストレスから生じた不活発な状態に打ち勝つために、ビートルズではない架空のバンドを装うことにあった。

このアルバムにはビートルズのもっとも素晴らしい音楽が何曲か入ってはいるが、アルバムに入れる他の曲を作るのに苦心惨憺していた。

だが、リシケシで過ごした後、ビートルズは持てあますくらい多くの新曲を生みだすようになっていた」。

ビートルズ通の人々や音楽制作者たちの多くが、「ホワイト・アルバム」をビートルズの最高傑作と考えている。

だが、ビートルズのインドでの経験、そして「内面から変わる」ことの影響が、彼らの創造性と作詞能力を高めたことに気づいている人は少ない。

マハリシの教える瞑想法は、すべての人の内側に備わるエネルギーと創造性の無限の宝庫を利用するための方法である。

活力を取り戻し、創造性を高める「超越」の効果をビートルズが立証してから40年。

現在では、何百もの科学的研究が、超越瞑想を通じて創造性が刺激され、人生のあらゆる面に効果がもたらされることを証明している。

しかし、ビートルズのインドでの経験に関するマスコミの報道は、ジョン・レノンがマハリシのアシュラムから突然退去したことをめぐる扇情的なエピソードに関するものがほとんどであった。


本当は何が起こったのか?
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ほとんどの報道記事では、ビートルズが去ったのは彼らが幻滅したからであるとしていた。

ビートルズ自身も、去った理由についてそれぞれのメンバーがいろいろなことを語った。

最近、タイムズ・オブ・インディアは、瞑想のコース中にビートルズがドラッグを使用したためにマハリシが彼らに退去を求めたのだというジョージ・ハリスンの談話を掲載した。

ただ何かしらジョン・レノンを不機嫌にさせる出来事があったことも間違いない。

レノンは、「セクシー・サディー」という曲の中で、マハリシを過激に批判する言葉を入れた。

レノンの非難についてマスコミは大げさに騒ぎ立てたが、マハリシが不正な行為をしたという主張は、結局なんの根拠もないことが明らかになった。

1980年にレノンが亡くなって数年後、ハリスンとマッカートニーはマハリシへの非難について公の場でコメントした。

マッカートニーは、不正行為というのはアレクシス・マーダスによって立てられた噂であり、「マーダスは発明家という触れ込みのペテン師で、ビートルズの内部関係者の中に入り込んできた男だった……」と語っている。

多くの消息筋によれば、マハリシの不正行為という噂は全部彼がでっち上げたものであり、不幸なことに、レノンはその噂にだまされてしまったのだ。

ジョン・レノンの最初の妻であるシンシア・レノンも、その噂はビートルズがマハリシから影響を受けるのを邪魔しようとしてマーダスが捏造したのだと自伝の中で述べている。

ハリスンは後年、「今となっては昔のことだが、あってはならないことが起こっているという噂が持ち上がった。だがそれはまったくのデマだった。

… その当時は少し変な連中がまわりにいて、ボクらもそんな連中の一人だったのさ」と語っている。

マッカートニーも自伝の中で同じように語り、またマハリシの逝去の際に公表した声明の中では、こう述べていた。

「マハリシの永眠に深い悲しみを感じてはいますが、彼との思い出は楽しいものばかりです。彼を想うとき私はいつも微笑みを浮かべることでしょう。」

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ビートルズの中では瞑想への「入れ込み」が最も少ないと言われていたリンゴでさえ、著書の中で、今でもマハリシから授けられたマントラを使って瞑想していること、そして、リシケシで過ごした時期が彼の人生で最高の経験の一つだったことをつづっている。

2008年2月、リンゴはマハリシについてこう語っていた。「私が人生の中で出会った最高の賢者の一人がマハリシだった。

私はいつも、彼が喜びに満ちていることに感銘を受けていた。」

誰が誰に影響を与えたのか?

瞑想の教師としてマハリシが大きな成功を収めたのは、ビートルズのおかげだろうか?

それとも、マハリシの業績は彼自身の教師としての能力の結果であり、TMが人々の人生に肯定的な影響を与えてきたからだろうか?

50年にわたって超越瞑想は世界中の何百万人に教えられてきた。

そして、ハーバード大学メディカルスクール、 UCLA、スタンフォード大学、イェール大学など230以上の研究機関で、600件を超える科学的研究が行われてきた。

こうした研究によってTMの効果が証明された現在、超越瞑想の成功の原因を一組のロックバンドだけに帰するのは無理な見方というものだ。

アメリカ国立衛生研究所は、脳機能や心血管系の健康に及ぼす超越瞑想の影響を研究するために、これまで2400万ドルの資金を提供してきたが、こうした研究はロックンロールとは何の関わりもない。

そんなことで、これだけの資金が提供されるわけはないのだ

ビートルズが関与したことで、マハリシと超越瞑想に一般の注目が集まったのは確かだが、それらの報道はマハリシに対して批判的なものが多かった。

長い年月が過ぎ去り、今では超越瞑想がビートルズのおかげで「成功」したのではないことは明らかである。

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そして40年を経た今、ビートルズは再び人々を瞑想に導いている。

ポール・マッカートニーは、超越瞑想を学生たちに普及させるために「変化は内側から始まる」と銘打った慈善コンサートを催した。

このコンサートは2009年4月に、ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開かれ、シェリル・クロウ、ドノヴァン、ベン・ハーパー、モービー、ポール・ホーン、ビーチボーイズのマイク・ラヴ、パール・ジャムのエディ・ベッダー、その他多くのアーティストが出演した。

オノ・ヨーコさえも観客席の中にいた。

彼女は『ローリングストーン・マガジン』の取材を受けてこう語っている。

「ジョンがもしここにいたら、まっ先に、マハリシの世界への貢献を認めて、感謝を捧げていたと思うわ」

ビートルズの曲の中には、マハリシからインスピレーションを受けて生まれた、ポジティブな曲もたくさんある。

「アクロス・ザ・ユニバース」もそうした曲の一つであり、ジョンはこの曲の歌詞を彼の生涯で最高の作品だと考えていた。


「地上の天使」

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過去にいろいろなことが起こったが、マハリシがビートルズに反感を抱くことは決してなかった。

1991年にハリソンがオランダにいるマハリシを訪問したという記事がタイムズ・オブ・インディアに掲載されたが、その記事には次のようなエピソードが紹介されていた。

ビートルズ伝承によると、ビートルズがアメリカのテレビに初めて登場したとき、その時間帯にはアメリカでほとんど犯罪が起こらなかったという。

「私がこの話を聞いたとき」と、マハリシは訪問中のハリソンに言った。「ビートルズは地上の天使のようだと思いました。ジョンが何を言ったか、何をやったかは大したことではありません。

私には天使に腹を立てることなどできません」。

マハリシから、このような無邪気で心温まる返事を聞いたとたん、ジョージは泣き崩れて嗚咽した。

マハリシは50年以上にわたって、生命の本質について詳しく説いてきた。

しばしば「意識の分野のアインシュタイン」と呼ばれるマハリシは、失われていた瞑想の技術を復活させ、その瞑想の効果を科学的な実験によって証明してきた。

有史以来、一つの瞑想法がその教師の存命中に600万人の人々によって学ばれ、そしてそのような証明可能な効果を生み出したという記録は他には存在しない。

そしてマハリシは、ビートルズの心と理性を、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」よりもはるかに素晴らしい真実へと導いた。その真実が彼らの人生を永遠に変えたのだ。 文・Tom McKinley Ball

■「変化は内側から始まる」慈善コンサートの記者会見:ポール・マッカートニーとリンゴ
https://www.youtube.com/watch?v=BsTPFUnOgN0



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三休さん

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昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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