追悼、水木しげるさんが伝えたかった本当の地獄とは

追悼、水木しげるさんが伝えたかった本当の地獄とは

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(左クリックで拡大、以下同)
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(漫画は、ブログ『
追悼 戦争で片腕を失っ「水木しげる先生が描いた「従軍慰安婦」』より転載)

昨日、水木しげるさんが亡くなられました。

以前の記事「
水木しげる、TM瞑想とバガヴァンの関係&アンマ・メッセージ」にも書いたのですが、水木しげるさんのお宅にお邪魔して瞑想の話をさせて頂いた経験があるだけに、水木さんの死については、万感胸に迫るものがあります。

水木さんは、左の腕がないのですが、戦争で失われたものです。

そのご自身の戦争体験を漫画にしていますが、戦争の非常に悲惨な地獄のような現実が描かれています。

先ずは昨日、「リテラ」に水木さんの戦争体験にスポットを当て、過日戦争法案を可決した安倍政権を危惧する良質な記事が載っていたので、転載させて頂きます。

(以下、転載)

追悼! 水木しげるが描いていたラバウルの戦争体験と慰安婦…「80人の兵隊を相手に…あれはやっぱり地獄だ」


『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家・水木しげるが、今朝、多臓器不全のため都内の病院で亡くなった。93歳だった。

1922(大正11)年生まれの水木は、1942年、20歳の秋、兵庫・西宮で徴兵検査を受け、近眼のため乙種合格となった。

今年5月に、水木が出征前に記した手記が発見され、文芸誌「新潮」(新潮社)に掲載、話題になったことは記憶に新しい。

手記は断片的ではあるが、哲学・芸術に想いをめぐらせた思索的なものだった。

そして、その後戦地を目前としての死生観が記されていた。

〈毎日五萬も十萬も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。

今は考へる事すらゆるされない時代だ。

家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと労働者だらうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。

人を一塊の土くれにする時代だ。こんなところで自己にとどまるのは死よりつらい。

だから、一切を捨てゝ時代になつてしまふ事だ。暴力だ権力だ。そして死んでしまふ事だ。
 
それが一番安心の出来る生き方だ。〉(「新潮」15年8月号より)

翌年1943年4月、水木のもとに、臨時の招集令状が届く。

補充兵となり、激戦地ラバウル(ニューブリテン島)へ出征。爆撃によって左手を失った。

戦後、漫画家となった水木は、自らの戦争体験を元にした作品を多数発表してきた。

なかでももっとも有名なのが、自伝的戦記マンガ『総員玉砕せよ!』だろう。

水木が「90%は戦地で自分が見聞きしたこと」であり「最も愛着が深い作品」だという同作は、こんな場面から始まる──。

ニューブリテン島のココポという船着場で、日本軍の兵士たちが「ピー屋」、つまり慰安所の前で長蛇の列をなしている。

「一人三十秒だぞ」と言う兵士。対し、慰安所の女性は「皆さんもう五時ですからおしまいですよ」と言う。

兵士たちは「そんなこというなよ御国のためだ」「もう少し営業しろい」と食い下がるが、慰安婦はため息をつきながら「もう体がもたないわ……」。しかし、兵士は懇願する。

「ねえちゃんあと七十人くらいだがまんしてけれ」

同作は、最終盤に兵士たちが敵隊に突入し、全員が玉砕するのだが、最後の数ページはひとつのセリフもなく、倒れ重なる死体のカットが繰り返されるだけ。

死体はやがて白骨となり、まるでゴミかなにかのように積もっていく。

その静寂のなかで幕を降ろす。圧倒的な不条理。

そこには、昨今の戦争をモチーフにした小説や映画、漫画、アニメに見られるような、ヒロイズムや勇猛果敢さ、あるいは“民族の誇り”なるものは、いっさいない。

2006年、水木は毎日新聞の取材を受けた際、「復員後、戦争を賛美するような戦記物漫画に反発を覚えたことがあると聞きました」と尋ねた記者に対して、このように答えている(8月16日付大阪朝刊)。

「戦争に行っていない人が描いている、と思った。戦争は映画みたいに都合良くいかない。

それからずっとたって、『コミック昭和史』や『総員玉砕せよ!』を描いたのは、戦争を体験した漫画家として、残さなければならない仕事だと思ったからだ。

心ならずも亡くなった人たちの無念。敗戦は滅亡だった。

食に困らず、豊かさを味わえる現代は天国のようだ。戦争をすべきでない」

 一方、同年の読売新聞でのインタビューでは、「今の日本の現状をどのように見られますか」と聞かれ、こう語っている(06年4月30日付朝刊)。

「これでいいんじゃないですか。締め付けめいたことや忠告めいたことを言ってもダメですよ。

自然のままでいい。方向を決めても大したことはない。

戦争中は聖なる目的で命がけでばく進したけど、このざまです。

あんなに努力して、金をかけ、命まで投げ出して負け、幸せにはなれなかった。

あれほどばかばかしいことはない。

みな口には出さないけれど、戦争のばかばかしさは今も日本国民に染みついていますよ」

 ところが、2015年、安倍政権下の日本を見ていると、どうにも、この国はまたしても戦争へ向かっているような気がしてならない。

それは、為政者が「未来志向」の名の下、戦争の“負の遺産”を消し去ろうとしていて、しかも、人々の心の中にまでその空気が広がりつつあるからだ。

たとえば先日も、自民党で歴史認識問題に取り組む「国際情報検討委員会」の原田義昭委員長が、「南京大虐殺や慰安婦の存在自体を、我が国はいまや否定しようとしている」と発言した。

いま、安倍政権は明らかに歴史の修正に舵を切っている。

しかし、水木が『総員玉砕せよ!』で描いているような場面は、決してフィクションではない。

慰安婦は事実存在しただけでなく、彼女たちが強いられた行為は、まさに非道としかいいようのないものだった。

水木は別のコミックエッセイで、ココポでの慰安婦をより詳細に描いている。

『カランコロン漂泊記 ゲゲゲの先生大いに語る』(小学館)に収められている、8ページの短いマンガ。

タイトルは「従軍慰安婦」だ。

年老いた水木が、書斎で戦争中、ココポでの出来事を回想する。水木青年は、上等兵に「お前も行ってこい」と言われる。以下、水木のモノローグ。

〈というようなことでピー屋の前に行ったがなんとゾロゾロと大勢並んでいる。
 

日本のピー屋の前には百人くらい、ナワピー(沖縄出身)は九十人くらい、朝鮮ピーは八十人くらいだった。
これを一人の女性で処理するのだ。
僕はその長い行列をみて一体いつ、できるのだろうと思った。
一人三十分とみてもとても今日中にできるとは思われない、軽く一週間くらい、かかるはずだ。
しかし兵隊はこの世の最期だろうと思ってはなれない、しかし……
いくらねばっても無駄なことだ。

僕は列から離れることにした。
そして朝鮮ピーの家を観察したのだ。
ちょうどそのとき朝鮮ピーはトイレがしたくなったのだろう、小屋から出てきた。〉

朝鮮人慰安婦が便所で用を足すところを見て、水木は「はァ」と目を見開く。そして、頭を抱える。

以下、再びモノローグ。

~
<とてもこの世の事とは思えなかった。
 第一これから八十くらいの兵隊をさばかねばならぬ。
 兵隊は精力ゼツリンだから大変なことだ。
 それはまさに“地獄の場所”だった。〉

 場面はかわって、現代。書斎の椅子で目をつむる老いた水木は、〈兵隊だって地獄に行くわけだが、それ以上に地獄ではないか〉と物思いにふけている。

〈よく従軍慰安婦のバイショウのことが新聞に出たりしているが、あれは体験のない人にはわからないだろうが……
 やはり“地獄”だったと思う。
 だからバイショウは、すべきだろうナ。
 ……といつも思っている。〉

水木しげるは、決して「平和」や「護憲」を大声で叫ぶようなタイプではなかった。

だが、多くの子どもたちからも愛される国民的作家であった一方で、こうした戦場の悲惨な現実を、もくもくと漫画で表現してきた作家でもあった。

水木はこの夏の安保法制の強行を見て、何を思ったのだろう。

広がる歴史修正のイヤな空気を吸いながら、どう感じていたのだろう。

もっともっと生きて、その記憶と思いを伝えてほしかった。

その死を惜しみつつ、掌を合わせたい。(宮島みつや)

(以上、転載終わり)

水木さんが語っていたように、まさに戦争は地獄です。

今、中東で行われている戦争も同様です。

アフガンやイラク戦争を最前線で経験した米軍人が、帰国後自殺したり、精神的におかしくなって廃人同様になっているという話をよく耳にします。

また、イラク戦争時に、後方支援をした自衛隊員の自殺が多いということも。

極度のストレス状況が頻繁に続くことで、戦闘員や隊員たちの心身が蝕まれていったことは想像に難くありません。

(以下、転載)

イラク帰還員が25人も!悩める自衛隊員の多すぎる自殺

イラク帰還隊員25人自殺|東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012092790070010.html

2003年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに25人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。陸上自衛隊は19人、航空自衛隊は6人に上る。

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(出典east.tegelog.jp)

イラク戦争から帰還した自衛隊員のその後・・・

2003年に始まったイラク戦争。
中東へ派遣された日本の自衛隊員のうち、帰国後に自殺した人達がいたという。

2004年~2006年まで派遣された人数
【陸上自衛隊】サマワに5500人
【航空自衛隊】クウェートに3600人

イラク戦争から帰還した日本の自衛隊員のうち、25人が帰国後に自殺していた

(出典東京新聞)

自殺者の数は、陸上自衛隊は19人、航空自衛隊は6人にのぼる。

※2012年8月までの人数

防衛省は、「派遣と自殺の因果関係は分からない」とした

(出典イラク派遣の自衛隊員25人自殺 防衛省「因果関係は不明」 / 西日本新聞)

自殺の原因について
■借金や家族関係の場合もある
■心的外傷後ストレス障害(PTSD)で自殺した例は確認できていない

イラク派遣の3年間は、自衛隊全体で毎年90人以上が自殺していた

(出典 中日新聞)

派遣のあった2004~2006年は、それぞれ94人、93人、93人が自殺。

アメリカでは、帰還兵の自殺が多発し社会問題に
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(出典 webronza.asahi.com)

アメリカでは、帰還兵の自殺が多発し社会問題に

2010年の帰還兵の自殺者は6500人を超えた。

アメリカで自殺する元兵士は毎日18人前後に上る

(出典 
ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

男性帰還兵の自殺増加率は一般男性の2倍、女性帰還兵の自殺率は一般女性の3倍に上るという。

イラク、アフガン戦争の帰還兵の約16%(21万人超)が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っている

(出典 読売新聞)

アメリカの場合、帰還兵の自殺原因に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が大きく関わっている。

過酷だったイラク派遣中の自衛隊員たち

陸自は、ロケット弾攻撃を受け続けていた

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(出典 atown2.exblog.jp)

陸自は宿営地で13回、計22発のロケット弾攻撃を受け、4発が宿営地に落下。

画像は、宿営地に打ち込まれたが不発だったロケット弾。


空自は、携帯ミサイルの警報におびえていた

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(出典 d.hatena.ne.jp)

輸送中、たびたび携帯ミサイルに狙われたことを示す警報が鳴り、着弾を避けるため、急旋回などの飛行を繰り返した。


イラクに派遣された自衛隊員のうち、16人が在職中に自殺していた

(出典 
派遣自衛官の自殺16人 - 太陽の道 - 楽天ブログ(Blog)

参加した自衛隊員2万人弱のうち、16人が在職中に自らの命を絶った。
自殺が派遣中か帰還後かは不明。


イラク帰還隊員に、PTSDで自殺した例は確認できていないというが・・・

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(出典 blogs.yahoo.co.jp)

恐怖とストレスによって、心に深い傷を受けると起こる後遺症PTSDによる自殺は、確認できてないと防衛省は発表。

PTSDの症状

・過剰な警戒感を持つ
・イライラ感・怒りを感じやすくなる
・強い自殺願望をもつ


悩める自衛隊員、多すぎる自殺者の理由

自衛隊員全体の自殺者は毎年80~100人

(出典 
J-CASTニュース

自衛官の自殺率は国民平均の1.5倍というデータもある。

ひどいいじめにあったり、理不尽な仕事を押し付けられ、そのまま抱え込んで自殺にいたるケースが後を断たない

(出典 
J-CASTニュース

いじめ・暴行の実態
『私的制裁』で92人、『傷害又は暴行脅迫』で291人の自衛官に対して懲戒処分がくだされている

(以上、転載終わり)


米国の戦争への協力がもたらす指導者たちの末路

これまで、当ブログで何回も書いていますが、多くの米国の戦争は正義ではありません。

米国は世界の警察官を気取っていますが、実態はテロリスト集団と変わりがありません。

他国の石油などの利権略奪と自国の都合のよい国へと改変させる目的で、自作自演の偽旗作戦や、政府に不満をもった人々を組織して武器を持たせ、更に外国からの傭兵などを使って政府転覆を図り、内戦を起こし、その国を無茶苦茶にしています。

アフガン、イラクやシリア、リビア、最近ではウクライナがそうです。

そういった地域に、漁夫の利を狙って、彼らの支配下にあるマスメディアを使って彼らの正義を喧伝し、彼らの軍隊が介入してゆくというパターンです。

安倍政権は、その米国の戦争に協力しようとしているのですから、狂気の沙汰です。

彼らは、気づいていないようです。

彼ら自身戦場に行く訳ではありませんから、戦場の地獄を体験することはありません。

しかし、このような米国の正義でない戦争に協力すれば、彼ら自身、死後本物の地獄を体験することになることを。

https://www.youtube.com/watch?v=NeYQOpMCt2k



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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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