俳優今井雅之の死から日本の病巣が見えてくる

医師から告げられた「余命3日」の大嘘

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(2015年4月30日会見での今井雅之氏)

俳優の今井雅之さんが、大腸がんの為に、先月5月28日に亡くなられました。54歳とのことです。

寡聞にして、この方のお名前は全く知らなかったのですが、たまたま亡くなわれる前日に読んだ週刊誌でこの方のことを知りました。
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(癌になる前と思われる今井雅之氏)

ただ、ネットでこの方の病気になる前の写真を見ると、顔に見覚えのある方でした。

私は、以前にがんに関連して、「
医療現場で殺される年間25万人のガン患者たち」「大往生する為の方法&生と死の超越(1)」という記事を書いていましたし、今井さんの記事を読んでの翌日ですから、この方の死から、様々な事を考えさせられました。

昨年12月のご自身のブログによると、数ヵ月前から体調が悪かったので検査を受けたところ、腸に腫瘍が見付かり、『もう手術できないほど悪化していて、余命は3日くらい』と告げられたそうです。

余命3日?!無茶苦茶な医師です。放っといたら、あと3日後に死ぬ、というのでしょうか。あり得ない話です。

長年日本のがん治療の出鱈目を告発してきて、2012年に菊池寛賞を受賞した、元慶大医学部講師の近藤誠氏は、その著者「『余命3ヶ月』のウソ」で、このように言います。

「今ふつうに歩けるならば、人はすぐには死にません」


医者が、余命を短く言う不純な動機

何故日本の医師が、余命を短く言うのか、近藤氏は前述の著書の中で以下のように書いています。(以下、著書の内容を要約しています)

一つには、患者が万が一早く亡くなられた場合に、家族などから咎められないように、つまりリスクヘッジの場合を想定して伝えるから。

次に、同じ症状の患者が、長生きしている人もいますよ、と生存データを見せて正しく伝えると、患者を治療に追い込むには迫力に欠ける。

それで、治療しないと余命3ヶ月とキッパリ短く言い切ったり、ひどい医者は「放っておくと明日、亡くなってもおかしくない状態」と脅しにかかる。何故そうまでして治療をさせたいのか、医者としての仕事がなくなり、暮らして行けないから。

治療が命綱の医者にとって、余命は短く言うほど「うまみ」が増す。治療をやりたい放題やるために、これほど重宝な道具はない。

患者も家族も医者がウソをつくはずがない、と信じているから「余命3ヶ月」と奈落に落とされ、「でも手術や抗がん剤で治療すれば2年間は生きられる」と希望を与えられると、「先生にお任せします」とすがりついてしまう。

その裏には「がんは放っておくとあっという間に死ぬ」という思い込みがある。がんと聞いて頭に浮かぶ文字をアンケートすると、「死」「悪」「苦」「怖」などとの答え。

医者はその恐怖を逆手にとって余命を短く言うほど、脅しが効き、治療しやすくなる。

そして、万一、手術の合併症や抗がん剤の毒で患者さんが亡くなったときも、遺族に「もともと手遅れで余命3ヶ月だったし、難しい手術になると言われていたから仕方がない。先生方は、あらゆる手を尽くして下さった」と感謝してもらえる。

逆に、患者が宣告より長く生きれば生きるほど「先生のおかげです」と、これもまた、感謝。

手術したのが「がんもどき」なら再発も転移もしませんから、「先生に手術できれいにとってもらったおかげで、がんが治った。神の手だ」と称えられる。

という訳で「余命3ヶ月宣言」は医者にとって、いいこと尽くめ、とこのように近藤氏は語ります。


余命3ヶ月を宣告する医者は詐欺師

近藤氏は「医者はヤクザよりタチが悪い、ヤクザは素人衆に指を詰めさせたり、殺すことはない。医者は患者を脅して金を巻き上げたあげく、平気で体を不自由にさせたり、死なせてしまうんですから」と。

更に続きます。がんが人の命を奪うのは、肺、食道、肝臓、脳などの重要臓器でしこり(がんの腫瘤)が増大して臓器や器官をふさぎ、呼吸などの生命活動が損なわれたとき。

大腸がんの場合、まともな医者が余命を言うのはほとんど、肝転移がある時。しかし、転移の個数や大きさは、患者によってマチマチ。

またがんの病巣が大きくなるスピードは、患者によって異なる。余命を正確に判断するためには、増大スピードを調べる必要があり、その観察に、3ヶ月以上かかる。

肝転移で、命が危なくなるのは、肝臓体積の8割程度を、転移病巣が占めるようになったとき。そこで、数ヶ月の間隔をあけて、超音波検査をしたり、CTで病巣の大きさの推移を計測して、がんの増大スピードを測る。

すると、いつごろ肝臓体積の8割程度を転移病巣が占めるようになるかが、割り出せる。となると少なくとも3ヶ月以上の間隔をとって、がんの増大スピードを調べる作業が必要になる。

こうした作業を経ないで下された余命判断は、全くあてにならない。

病院に歩いてみえた患者に、初診や、初診から間もなく「余命3ヶ月」と宣言するような医者は詐欺師です。

このように、近藤氏は患者に余命何ヶ月と告げる医師たちのその不純な理由を語っていましたが、今井雅之さんに余命3日と告げた医師の目を覆うような出鱈目振りが分かるかと思います。


医師になるために1億円!私大医学部のヤクザビジネス

ところで、医者が患者に対して、根本的な治癒効果がないだけでなく、その副作用が酷いので、医者本人さえ自分ががんになったら拒否をする抗がん剤(271人の医師に「自分自身に抗がん剤を打つか?」質問すると270人が断固NO!東大医学部4人の教授は、「抗がん剤拒否」で食事療法でガンを治した。詳細、「
医療現場で殺される年間25万人のガン患者たち」)などで薬漬けにするのは、言うまでもなくお金儲けのためです。

何故、医者たちは、患者の命や健康を蔑ろにして金儲けに走るのか?

まず医者になるのに、どれ位の費用がかかるかと言いますと、例えば1990年代に薬害エイズ事件で責任を問われた安部英氏が副学長だった帝京大学。

2002年には入試口利きをめぐる脱税事件を起こし、5年間で88億円もの寄付金を簿外処理していたその帝京大が最も高く、6年間でなんと一人当たり5000万円近い学費を徴収しているのです。

月刊宝島の「医師になるために1億円!私大医学部のヤクザビジネス」という記事の中に大学医学部「学費ランキング」が載っていました。

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偏差値と逆比例するかのような、学費ランキングです。この途方もない金額を見ると、金で医師資格を取っているのではないかと、疑われます。

だいたい、こんなに大金を費やして医師になるのは、開業医の息子だそうです。

そのような医者が、元を取らなきゃ、と思って患者に接しても不思議ではありませんし、元々病人を治そうと医師になったのではなく、社会的ステイタスが高い、親を見ていて儲かる、このように美味しいビジネスとして医者をやっているように思います。


大腸がんの痛みは、包丁で体を少しずつ切り刻むような痛み?!

さて、今井さんに戻りますと、その後、専門の病院を紹介され、一か八かで緊急手術が成功して今は通院しながら回復につとめています、ともブログで書いていたようです。

それが、一度は順調に推移していたように見えたものの、その後がんは進行し、最後は、痛みなどの苦痛と闘いながら死んでいかれたようです。

存命中の4月30日の会見では、「もう生きているだけの状態になったら、いっそのこと殺して欲しい。安楽死です。夜中にこんな痛みと戦うのは、そして飯が食えないのは本当に辛いです」と語っていたとのことです。

週刊誌(週刊現代)によると、末期大腸がんのステージ4の痛みがどの程度のものか、他の方の体験談を取り上げ、以下のように書かれていました。

「父は夜中、下痢のために何度も起きていました。癌が全身に移転し、寝たきりの状態になってからはオムツをしなくてはいけなくなった。

生前父は末期大腸がんの痛みを『たとえるなら、包丁で体を少しずつ切り刻むような痛み』と話していました。

最期はモルヒネを使用しても痛みが十分に取れないようで、白目をむいて鬼のような表情で逝ったのが忘れられません」

週刊誌の記事では、その後、大腸がんの痛みがどの位のものか、大腸がんの専門医による解説がなされていますが、何故か大腸がん自体の痛みに関しては言及せず、末期の癌は肝臓などあちこちに転移しているので、痛みは大腸周辺に限らない、とのコメントを載せていました。

更に別の専門家は、骨に転移した癌は、大腸がんよりもはるかに痛い。骨には表面を覆う骨膜があり、それが痛みを敏感に伝えるからだ、と。その痛みは、膝を蹴られた時のような鋭い痛みを想像してください、と。

更に、その専門家によると、骨盤のような神経の集まった場所に転移すれば、その10倍もの痛みが襲ってくる、とのことです。

その後、記者は、当然、末期癌は、どの部位だろうが激しい痛みを伴う。だが、今井がかかった末期大腸がんには、他にない辛さがある、と書いた後に、前述の専門医に以下のように語らせています。

「今井さんのように腸閉塞を併発している場合、便が出る通路を塞いでいるわけですから、痛いだけでなく、お腹が張って苦しくなります。

やがて、それすら出来なくなると、口から便を含んだ嘔吐をするようになります。吐いて痛みが一旦治まっても、少し時間が経てば再び腹痛と吐き気に襲われる。これは精神的にも大変苦しい」


抗がん剤で、更に苦痛は全人的苦痛に

その後、記事では今井さんが、抗がん剤についてこのように語っています。

「これ(副作用の苦しさ)は、抗がん剤を打った人にしか分からないと思います。分かり易く言えば、船酔いをしているところに、42~43度のインフルエンザ級の高熱の状態。ご飯を見ただけでえずくこともあります。いま一番苦しいのは食べられないことと、眠れないことです。」

前出の専門医によると、抗がん剤の副作用に加え、がんによる体力の低下や、「自分は一体どうなってしまうのか」という精神的な不安が影響し、痛みをさらに強く感じるようになるのだという。この苦しみは「全人的苦痛」とも言えるほど辛いもの、としています。

記者も続けて、末期がんの状態だと満足に眠れないうえに、食事をすることさえままならない。さらに、がん細胞は容赦なく日々分裂して増え続け、その増殖するスピードは分裂を繰り返すごとに加速していく、と書いています。

更に、記者は抗がん剤も使えなくなれば、あとは痛み止めによる緩和ケアが待っている、として北大大学院の専門医の以下の話を載せています。

「末期がんは、最終的にはモルヒネのような強い痛み止めを使うしかなくなります。しかし、強くなる痛みを抑えるために薬の量を増やして行くと、意識レベルがどんどん落ちてしまう。そうなると日常生活を営むのは、厳しくなるし、舞台に立つなんてなおさら不可能でしょう」

最新号の週刊現代で再び今井さんの事を取り上げていましたが、その記事では、使っていた抗がん剤のことが出てきます。やはり前出の北大大学院医師が、このように語っています。

「大腸がんの抗がん剤で一般的なのはイリノテカンと呼ばれるものですが、その治療でつらいのは下痢です。ほとんどトイレから出られないほどの下痢が続く場合が多いのです。

健常者でも下痢が続けば体力が奪われますから、ガンに冒された身体ならなおさら体力を奪われていく。更に吐き気も出てきますし、味覚もなくなります。味覚がないから食欲もなくなる。食べなければ当然、体力も落ちていきますから、副作用による倦怠感と痛みが強くなります」

記事では再び、今井さんの会見での話しが出てきますが、今井さんによるとフルーツしか胃の中に入らないそうで、シュウマイを食べて嗚咽してしまったこともあり、食べられないし、寝れない、とそのつらさを語っています。


大腸ガンの患者数が、全ガンの中で1位となった理由

この週刊現代の今井さんに関する記事から、様々な現在の日本の抱える問題点が浮き彫りとなってきます。

先ず、この週刊現代の記事は3部構成になっていて、1部では以下のような、大腸がんに関する特集となっています。

4月28日に国立がん研究センターが発表した推計値によると、今年新たにがんと診断される人が国内で98万2100人で、昨年の予測で3位だった大腸がんが、胃がんや肺がんを追い抜いて1位になった、とのこと。

がんと診断される人は昨年より約10万人増えたのは、登録制度の充実でより実態に近い数字になったためといいます。

部位別では大腸がんが13万5800人で最も多く、肺がん13万3500人、胃がん13万3000人、前立腺がん9万8400人、乳がん8万9400人の順。

昨年1位だった胃がんが相対的に伸び率が低く、順位が変わったのは、国立がん研究センター医師によると、衛生状態が良くなり胃がんの原因となるピロリ菌の感染率が下がっていることが主な理由と見ています。

死亡者数の予測は37万900人で昨年の推計値より約4千人増え、部位別では、肺がんが最多で7万7200人、大腸がん5万600人、胃がん4万9400人、膵臓(すいぞう)がん3万2800人、肝臓がん2万8900人の順。

大腸がんは、死亡者数で、女性の1位、男性の3位。

大腸がんの原因として、前出の国立がん研究センター医師が、「大腸がんの原因には、赤身肉やベーコンなどの加工肉の摂取、飲酒や肥満が挙げられますが、とくに日本人は肉の消費量が増え続けています」と語っています。

大腸がんの原因として、肉食の問題が出てきました。次回はこの肉食の問題や本当に末期ガンは苦痛なのか等を取り上げたいと思います。


今井さんに関する非常に興味深いエピソード

最後に、ウィキペディアに今井さんに関する非常に興味深いエピソードが載っていましたので、以下、転載させて頂きます。

・大学生の時、自分の限界を知るために、様々な挑戦を行った。なお、テントや寝袋を持たず、全て野宿である。

・東京 - 大阪間のマラソン

・1982年12月に東京 - 大阪間のマラソンを行った。冬にもかかわらず、野宿をした。一週間で完走することを目標にしていたが10日かかった。長時間、連日走っていたため、途中で足を痛めてしまったが、自衛隊時代の上司に「もし足が壊れたらどうやって治すか。走れば治る!」と言っていたのを思い出し、止まらず走ってみると、走っている最中だけではあるが本当に痛みが収まったという。

・奥多摩でサバイバル

・東京 - 大阪間のマラソンの約半年後の1983年6月、奥多摩の山で塩とナイフだけで、一週間の野宿を行った。梅雨の時期ということもあり、食料が全くなかったため、木の根、蜘蛛、蟻、カエルを食べた。それだけでは当然空腹を満たすことは出来ず、あまりの空腹のため何度も腹痛が起こり、痛みに耐えられなくなり気絶した。ハイキングコースを歩いていた時、弁当が捨ててあったのを拾って食べた。その弁当のご飯はネバネバしていてカビも生えていたが、感動するほど美味しく、特に海老の天ぷらの尻尾は「この世にこんなうまいものがあるのか。」と思った。このサバイバルで、まともな物を毎日食べられるありがたさを身を持って知った。ちなみに、入山前に70kgあった体重は下山後58kgまで落ちたが、すぐに元の体重に戻った。

・真冬の北海道縦断

・それから3年後、自分の寒さに対する限界を知るために、1985年2月の北海道で稚内 - 函館を徒歩で横断することに挑戦した。4 - 5日不眠不休で歩き、吹雪に襲われることも多かった。途中で意識を失って行き倒れになったところを警察に助けられた。その後、何度も意識を失い幻覚を見ながらも函館に辿りつけた。最終的に10日かかった。

・真夏の本州縦断マラソン

・1985年8月、青森 - 北九州(関門トンネルを抜けるまで)の本州縦断マラソンに挑戦した。この年は記録的な猛暑だったが、北海道の時のように、倒れても凍死することはないため気持ちは楽だったという。

以上、転載終わり。ご冥福をお祈りします。

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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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