大往生する為の方法&生と死の超越(1)

安らかに死を迎える方法とは&生と死の超越

先月、「真実を探すブログ」で、米国の医師で脳神経外科の権威と呼ばれる人の体験映像が載った記事が出ていました。

映像は、見た人に死後の世界を信じさせるに十分な内容のもので、しかも大変面白かったので、当ブログでも取り上げさせて頂きます。

【衝撃真実】死後の世界は100%存在した!




2000人以上の葬式から分かった死後の故人の状態

瞑想などをする精神世界系の人々にとっては、死後の世界の存在は当たり前ですが、まだまだ多くの人々にとっては、半信半疑というところだと思います。

お坊さんでさえ、死後の世界を信じていない方も結構いるようですから。

私の親族が死んだ時のお葬式で、お経を上げた浄土真宗のお坊さんと話したことがあります。

お経を上げながら、お経に集中していないというか、他のことを考えながらお経をあげているようだったので、式後、死後の霊の存在についてなど会話を交わしました。

そこで判ったのは、そのお坊さんは、やはりというか、死後の生を信じていませんでした。完全にお仕事としてお経を上げていたわけですね。

それでも、お葬式を上げるだけでも、死んだ人は自分の死を自覚するようで、安心してあの世(アストラル界など)に旅立てるようです。

浄土宗大念寺住職の大島祥明氏は、2000件以上の葬儀を執り行う中で、死後の世界の存在を確信されたそうで、その自らの体験を「死んだらおしまいではなかった」というタイトルの本にまとめています。

この住職は、葬儀社の依頼によって数多くの葬儀を執り行う中で、死んだ人の思いや感覚の状態、現在どのような状態に置かれているのかが分かる様になったそうです。

この方によると、死者の2~3割は、自分が死んだことを分かっていないそうで、自分の葬式の光景を見ることで、自らの死を確信すると言います。

この辺は、以前の記事「シュリ・バガヴァンが語る「死後体験」で、バガヴァンが語っていた通りです。再度、見てみましょう。

(以下、転載開始)

死とはとても美しい体験です。

痛みは一、二分だけです。あなたが肉体から離れる痛み、あなたのアストラル体が切断される痛みです。

その後は、とても満たされた体験です。

身体から離れても、あなたは周りの物事を見たり聞いたり出来ます。

人々の心の内側の考えを、まるで彼らが言葉で語っているように聞くことができます。

人々が涙を流すとき、火葬や埋葬での儀式のとき、やっとあなたは自分の死に気づきます。

このときまで、あなたは自分の身体に戻ろうと努力し続けます。その努力が無駄だと確信したとき、他の世界への旅が始まります。

(以下省略転載終わり、バガヴァンのメッセージは続きますが全文は以前の記事「シュリ・バガヴァンが語る「死後体験」をご覧ください)


麻薬が原因で死後朦朧とする人々

バガヴァンの教えや前述の大島住職の話から、死後は明瞭に意識があることが分かります。

ところが、大島住職の体験で、死後も意識が朦朧としている人々がいると言います。

それは、末期がんの鎮痛剤として麻薬(モルヒネなど)を使われた人々です。

その中で、胃がんで亡くなった女性のケースを取り上げています。

その故人は、性格や心の温かみはほとんど感じなかったと言います。

故人の遺族に聞いて見ると、案の定、本人が苦しがるので、麻薬をつい多用してしまったとのこと。

大島住職は言います。(以下、上記著書より転載)

モルヒネは麻(魔)薬です。健康な人はもちろん、病人にも有害です。

麻薬中毒になり、量や回数が多くなり、幻覚や妄想を感じて、やがて廃人となるのです。

そして、死後も「本人」はもうろうとなってしまいます。(以上、転載終わり)

麻薬を使われた人々は、その後どうなって行くのか、知りたいところですが、おそらく朦朧としているので、死も自覚していないのではないか、バガヴァンが言及するところの死後体験とは違う体験となってゆくのではないかと思います。

これは、死者や遺族にとっては、由々しき事態です。

現代医療の弊害及び現代医療に対する私たちの妄信がこのような形で、死後にも影響を与えているのです。


大往生したけりゃ医療とかかわるな

これまで末期ガンでは肉体の激しい痛みがともなう、末期ガンは治らない、死は避けられない、とこのように信じられ(信じ込まされ)麻薬の使用が正当化されて来ました。

ところが最近どうもそれが違うのではないかということが分かって来ました。

このブログでも何回となく書いていますが、まず末期ガンといえども治ります。

食事療法や、断食、MMSやEMXなどのサプリメントの摂取で治癒可能です。ガンは決して死に至らしめる病ではないのです。

ところが病院に行くと、治るものも治されないどころか、抗がん剤や放射線療法など悪化させられ早死にさせられるものですから、ガン=死病になってしまったのです。

また、末期ガンには肉体の激しい痛みがともなうと喧伝されてきましたが、これも現代医療による抗がん剤の使用や有害な放射線療法や手術によるところが大きいのではないかと思います。

ベストセラーとなった「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者・中村仁一医師が、その著書でガンになっても完全に放置すれば、苦しまないであの世に往けることを明らかにしています。

一昨年、週刊文春に中村医師への取材記事が載っており、その辺のところが詳しく書かれていましたので、転載させて頂きます。(以下、ブログ「アセンション活性化会合・アセンデッドマスターへの道 お役立ち情報」より転載)

●医者には診せない 苦しまずに死ねる「自然な最期」

~ベストセラー医師が明かす大往生の秘訣~

(出典) 週刊文春 2012/03/29号 P52~55

(ジャーナリスト) 塩田芳享  

ベストセラー「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者・中村医師は、老人ホームで末期がんの入居者を数多く看取ってきた体験から、ある一つの確信を得るようになった。

がんになっても医療を受けず、「完全放置」すれば、全く苦しむことなくあの世に逝ける――。
―――――――――――――――――――――――――
厚生労働省は二〇一二年度を「新生在宅医療・介護元年」と銘打って、在宅医療・介護の推進を呼びかける。

厚労省の調査では、六割以上の人が自宅での最期を希望しながらも、実際は病院で亡くなる人が八割近い。

住み慣れた我が家で最期を迎える人はわずか15%に過ぎないのだ。

二月二十五日に放送されたNHKのスペシャルドラマ『家で死ぬということ』は、住み慣れた岐阜県の旧家で最期を迎えたいと願う末期がんの老女の物語だった。

しかし老女の希望は簡単に受け入れられない。東京に住む娘夫婦が入院させようと画策するからだ。

「がんの末期は大変苦しいものだ。病院に入院しなければ、その苦しみには耐えられないだろう」--東京の娘夫婦はそう危惧したのだ。

「末期のがんは苦しいもの」-そう考えている人は大変に多い。実際に、日本緩和医療学会の調べでも、がんと診断された時点で痛みを感じる人は30%に対して、末期がんの場合は75%の人が痛みを感じていると報告されている。

しかし、「がんの最期は苦しいもの」という常識に異議を唱える医師が、いま大きな注目を集めている。

今年一月に『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書)を出版した中村仁一医師(71)だ。

わずか一ヵ月半で二十六万部も売れているという。なぜ、この本が多くの読者の心を捉えたのか。

それは中村医師が、自ら勤務する老人ホームのデータによって、「自然の最期は苦しまない」「死は恐いものではない」ことを実証してくれたからだ。

「私自身、六十歳でこの老人ホームに来るまでは、がんの最期は苦しいものだと考えていました。

そう考えることが医療界の常識でしたし、苦しむがん患者しか診ていませんでしたから」
 
そう語る中村医師は京都大学医学部を卒業後、内科医として京都の民間病院に勤務。

介護保険が始まった平成十二年から、京都にある社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所の常勤医となる。

「同和園」に来るまでは中村医師も「がんの末期の痛みをとるためには、麻薬を使うのが当たり前」と考えていたという。

「病院に勤務している頃は、胃がん、直腸がん、肺がん、肝臓がんなど、色々ながんを診てきましたが、大なり小なりの差こそあれ、患者さんはみなはっきりと痛みを訴えていました。

そして痛みを訴える人には必ず麻薬を使う。それが常識だったのです」

その常識が「同和園」に来て大きく覆されてゆく。実際に「同和園」では、こんなことが起こっていた。

「同和園」に入居していた山川悟さん(79、以下患者はすべて仮名)が吐血し、病院に入院することになった。

そして精密検査の結果、手遅れの胃がんだと判明する。

しかし、山川さんは中等度以上の認知症を患っており、なおかつ七十九歳という高齢。

家族は積極的治療を望まず、「同和園」で看取ってほしいと要望する。

普通なら末期のがん患者を医療体制の整っていない老人ホームに戻すことなど考えられないことだという。

末期のがん患者のほとんどが激しい痛みを訴えるものと考えられているからだ。

しかし、中村医師は家族が望んでいるならと、ホームで看取ることにした。だからといって成算があったわけではなかった。

◎52人全員が痛みがなかった

「このホームには麻薬をおいていなかったので、いくところまでいって、痛みが出たら病院に送ろうと考えていました」

しかしそれは杞憂に終わった。病院でなんの治療もせずにホームに戻った山川さんは、痛みを訴えるどころか、コールタールのような黒い便が普通の便に変わり、食事ももりもり食べるようになった。

血液検査をしたところ、貧血も改善し、正常の域に達していった。

その後も痛みが出ず、外出するなど普通の生活をすることができるまで回復したという。

病院からは、余命はせいぜい二~三ヵ月と言われた山川さんは結局、一年近くも普通の生活を続け、最後まで苦しむことなく安らかに亡くなったというのだ。

このホームに来るまで、中村医師は「最期まで痛みが出ないがん患者」がいることなど、全く念頭になかったという。

山川さんのケースは偶然でなかった。こんなケースもあった。

食欲が落ち、やせてきて、胃腸の具合が思わしくないということで入院した海老原卓二さん(70)は検査の結果、進行性の胃がんで余命三ヵ月と診断された。

がん性の腹膜炎を起こしていたが、がんに対して積極的治療の意思がなかった海老原さんは二週間で退院してホームに戻ってきた。

痛みは全く訴えなかったが、がん性腹膜炎で腹水が増え、蛙腹がだんだんひどくなっていく。

しんどがるようなら、腹水を抜かなくてはと中村医師が思っているうちに傾眠状態となり、口から一滴の水も摂ることができなくなる。

その後、海老原さんは何の治療もしなかったが、最後まで痛みを訴えることなく、安らかに息を引き取ったという。

驚いたことに、亡くなった時には、あの出っ張った蛙腹がぺしゃんことなり、完全に腹水が消えていたという。

「人間、生きるためには水分が必要です。

口から水分を摂れなくなった海老原さんは、身体にある水分を全部使い果たして亡くなったのです。

人間の自然の身体の仕組みはこんなにすごいものなのかと、感嘆しました」

中村医師が「同和園」に来て以降、最期まで痛みが出ないがん患者が十人くらい続いたという。

これはもはや偶然ではない。中村医師はそう思うようになっていった。

十人に共通していたことは、がんが手遅れで発見され、その後、抗がん剤や放射線などの治療をせずに、いわば、がんを「完全放置」していたことだった。

これは中村医師が勧めたことではなく、本人や家族が望んだからだという。

彼らを診ていくうちに、中村医師はこのような考えに行き着く。

「末期のがん患者はのたうちまわるほど苦しむと思っていたのに、十人の患者の誰一人、がんの痛みで苦しむ人がいなかった。

がんが発見されるまでも痛みが出ず、その後、亡くなるまで全く苦しんでいない。

がんという病気は、『完全放置』していれば、全然苦しむことはないのかもしれない」

この考えが、どれだけ正しいのか。平成十五年から平成二十二年までの間に「同和園」でがんで亡くなった人の数は五十二名。

年齢とがんの種類は様々だが、驚いたことに麻薬を使うほどに痛んだケースは1例もなかったというのだ。

五十二名中、ホームで最期まで看取った人は二十七名。

それ以外の二十五名は病院で最期を迎えたが、彼らも痛みを訴えたから、入院したわけではない。

胃や腸から大量の出血をしたり、肺炎になったり黄疸がでたりしたために、「最期は病院で」という家族の要望があったからだという。

もちろん痛みを訴えた人が、まったくいなかったというわけではない。

九十九歳の女性は首に大きなしこりができたので、病院で検査したところ、どこかから転移したがんであると診断される。

詳しく知るためには精密検査が必要だったが、高齢であることから、家族は治療も精密検査も望まず、ホームに戻ってきた。

その後、しこりは急に大きくなり、女性は痛みを訴えたのだが、その痛みは、冷却シートを貼るだけで治まってしまったというのだ。

「がんの痛みが冷却シートぐらいで治る訳がありませんから、これはがんの痛みではなく、しこりが急速に大きくなったため、皮膚が引っ張られて、それを痛みと感じるようになったんだと思います」

以前は、がん患者が痛みを訴えたら、すぐにそれはがんの痛みと考え、麻薬を使っていたこともあったという中村医師だが、「同和園」に来て、その考えが大きく変わったという。

「がんの患者が痛みを訴えると、なんでもがんの影響だと考える傾向が強いような気がします。

ここに来て、そのことがよくわかるようになりました。お尻がただれて痛いという患者に麻薬を使う医師がいるほどですから。

がん患者の痛みの中には、がんの影響ではないものもかなりあると私は思うようになりました」

◎病院のがん患者との違いは何か

中村医師は十六年前から「自分の死を考える集い」という市民グループを主宰している。

「いまの時代、“死”をタブー視し、遠ざけるあまり、“生″もおかしなものになっている。

“自分の死”を考えることは、“死に方”を考えるのではなく、死ぬまでの“生き方”を考えることなのだ」

中村医師のこんな考えに共感した人が全国から集まってくる。

なかにはがんと診断された人もいる。検査の結果、肺がんと診断された森野茂一さん(79)もそんな一人。

森野さんは診断後、担当医からこう言われたという。

「八十歳なら手術はやらないが、あなたは七十九歳だから手術しよう」

なぜ、一歳だけの違いで手術をするかしないかが決まるのか――。そう考えた森野さんは医師に不信感を持つようになる。

そして「集い」にやってきて、中村医師の考え方に共感し、その後一切の医療との関わりを絶つことになる。

手術の勧めを拒否し、肺がんを「完全放置」した森野さんはその後どうなったか。

なんと、その後四年三ヵ月間も好きな卓球を続けながら、QOL(生活の質)も全く落ちることなく、普通に生活を続けることができたというのだ。

さすがに亡くなる1ヵ月前には、へたりこんで力は衰えたというが、最後まで呼吸困難もなく、痛みも全く出なかったという。

しかし、亡くなる間際に問題が起きた。

どこの医者にもかかっていなかった森野さんには、亡くなった後に死亡診断書を書いてくれる医師がいなかったのだ。

そうした場合、「不審死」として警察が入って厄介なことになる。

中村医師は森野さんに至急、往診医を探すよう助言する。

八方手を尽くしてなんとか往診医を見つけるが、医療との関わりを絶ったがん患者など、普通の医師からすれば常識外だ。

往診医から、「入院しろ、検査しろ、点滴しろ」と厳しく迫られたという。

当初は頑なに拒否していた森野さんだが、仕方なく一回だけ点滴注射と血液検査を受けた。

そのとき、肺がんの腫瘍マーカーの数値のあまりの高さに医師は驚いたという。

だが、最期まで全く痛みを訴えることもなく、苦しむこともなかった。

そして、何の治療もしないことに猛反対だった子供たちが、「よくぞ、こんな穏やかな死を見せてくれた」と感謝したほど、森野さんの最期は安らかなものだったという。

前述したように、中村医師は、以前は「がんの最期は苦しむもの」が常識だと考えていた。

だが、「同和園」で診た七十人以上のがん患者には、一人も麻薬が必要な人はいなかった。

その違いは何なのか?実ははっきりとした違いがあった。

「同和園」の人たちは、がんが手遅れで発見され、さらに高齢でほとんどの人が認知症を患っているために、抗がん剤や放射線などの治療を一切していない。

中村医師が以前勤めていた病院で診た患者は、すべて手術をした後か、抗がん剤や放射線の治療をしている人たちだった。

「抗がん剤や放射線をした場合の最期が、必ず痛むかどうかはわかりません。しかし、治療をしなかった人は痛まなかったということだけは言えます」

筆者は本誌昨年九月二十九日号の「病院で死なないための『理想の看取り』」という記事で、延命治療などの医療に頼らずに「自然な最期」を迎えた人たちの事例を取り上げた。

東京・世田谷にある特別養護老人ホーム「芦花ホーム」に入居していた武藤公江さん(89)は誤嘸性(ごえんせい)肺炎を起こして救急病院に運ばれた。

幸い肺炎はすぐに治まったが、その後医師から「胃ろう」をつけるよう強要される。

しかし、これを夫は頑なに拒否した。認知症の妻の体に管を付けて、みじめな姿にさせたくないというのが理由だった。

口から食べられないと宣告された公江さんだったが、その後、一日わずか六百キロカロリーという少量のゼリー食を夫が愛情込めて食べさせることで、一年半も元気に生き続けたのだ。

息をひきとるときも、大変に安らかなものだったという。

富山県砺波市にある「ナラティブホーム」は終末期の行き場のない人を受け入れる看取りの場である。

この施設では延命治療は一切しない。完全に自然な最期だ。

そうすると、体はやせ衰えていくが、逆に不思議な現象が色々起こるという。

認知症がよくなったり、耳が聞こえるようになったりと、医学では解明できない不思議な現象である。

医療に頼らない自然な最期には、本来人間が持っている色々な力が現れてくるのだ。

◎人間には“自然緩和力”がある

そうした事例を知るまでは、筆者も、がんに限らず死ぬときは苦しいものと考えていた。

だが、取材を続けていくと、「自然な最期」は驚くほど安らかなものであり、医療に頼らなくても痛みを感じないという“事実”を知るようになった。

そんな例をいくつも見ていくうちに、筆者はある確信を得るようになる。

それは、人間には自分で病気を治す“自然治癒力”があるように、安らかに死んでいける力、“自然緩和力”とでも呼ぶべき力が本来備わっているのではないかということだ。

このことは、来月上旬出版予定の拙著『医療に頼らない理想の最期』(日新報道刊)に詳しく書いた。

人間は本来安らかに死んでいける力を持っている――数多くのがん患者を診続けてきた中村医師も全く同じ考えを持っていると言う。

「死ぬ間際、人間は飢餓状態の場合、エンドルフィンという脳内麻薬が出て気持ちの良い状態になっているのです。

呼吸状態がおかしくなっている時は酸欠になりますが、あの酸欠状態の時は脳内モルヒネが出ているのです。

人間が死んでいく時は、自然に放っておけば、夢うつつのまどろみの状態で気持ち良くこの世からあの世へ移行できるものなのです。

人間は本来、このような力を持っていて、自然な最期は苦しいものではないんです」

だが現在、この“自然緩和力”が使われることはほとんどない。

中村医師が言う。「病気ではない“死”に対して、医療が過度に介入するから、人間の本来持っている力が生かされてないのです。

人間の持っている自然な力を無駄な医療が邪魔しているのです。

医療の本来の役割とは、人間が持っている自然の力を最大限発揮させることなのです」

二人に一人ががんにかかり、三人に一人ががんで死ぬと言われている時代である。

治療法は進化し、多種多様になっている。どの治療法を選ぶか悩む人も多いことだろう。

だが、そんなときに、「何もしないで完全放置する」という選択肢もあるのではないだろうか。

これだけの多くの人が、全く苦しむこともなく、安らかに亡くなっているという“事実”があるのだから。

(以上、転載終わり)


悟り=生と死の超越

人が死を迎える時の状況は、死後の状態にも影響がある為、極めて重要と言われています。

多くの人々がその辺を無意識に知っているのか、死ぬ時は安らかに死を迎えたい、身近な人には安らかに逝ってほしいと願うわけですが、ガンなどの病気の時には中村医師の話からどうも医療を受けずに「完全放置」した方が全く苦しむことなくあの世に逝けるようです。

死ぬ時の意識状態は人によって違います。高い意識状態に達していれば、それだけ高い世界に転生します。

しかし、究極の高い意識状態である悟りに至った人々にとって、「死」は常人とは違ったものとなってきます。

悟りを開くということは、生と死を超越するということです。

覚者とは、見る者それ自身を見ている人のことを言います。見る者が、見られる者となっているのです。

覚者とそうでない人々の違いは、見ている対象の違いというようにも言えます。

悟りを開いていない私たちの注意は、基本的に外側の世界である現象世界の方にあります。

そしてその現象世界の映像にどっぷり捉まって振り回されているのが、悟りを開いていない現在の人類の状況です。

覚者たちも目を見開けば現象世界の映像が目に飛び込んできますが、基本的に注意は真我にあります。

24時間、時空を超えた至福であるところの永遠不滅の真我を見ています。

ですから、現象世界の一時的な喜びごとや悲しみ、その他映像に惑わされ、振り回されることなど絶対にありません。

現象世界の映像が、幻のごとく、夢の世界の映像のごとく見えているに違いありません。

しかし、それでいて常人を遥かに超えて世界を知覚、理解しています。

さて、悟りにも段階がありますが、高い悟りの状態になってきますと、現象世界が黄金に光り輝いて見えてくると言われています。

現象世界と重なって、精妙世界も同時に見えてくるということです。

これは視覚など五感がより洗練され、精妙な世界の知覚が可能になっているということです。

現象世界にいながら、前回の記事で書いた神の王国(サティヤ・ローカ)に同時にいると言えます。

しかし、悟りを開いた人にとっては、それも一種の幻ではないでしょうか。

何故なら、覚者の注意は、そこが地獄であろうが天国であろうが、至福であるところの真我にあるからです。

また肉体があっても無くても関係がなくなります。何故なら、真我とは、純粋な意識以外の何者でもないからです。

悟りとは、生と死を完全に超越するということであり、それが解放、解脱とも呼ばれる所以です。

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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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