京都の謎、古の都をインド風水で読み解く

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(写真は、インド、アーンドラプラデーシュ州にあるワンネス・テンプルを衛星写真で撮影したもの、左下Aの文字がある建物がワンネス・テンプル)


風水に基づいて作られた歴代天皇の都

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(写真は、京都御所模型、ウィキペディア「京都御所」より)

久々にヴァストゥ(インドの建築学、家相学、風水)の話題です。

スタパティア・ヴェーダ(古代インドの建築学)に則って、数年前に茨城県に家を建てたNさんから今年のお正月に年賀状を戴きました。

添え書きには、Nさんの周囲に最近やはりヴァストゥに則った家が2軒建ち、一帯は「〇〇ヴィレッジ」と命名されているということ、またヴァストゥに基づいて作られた都市京都を訪ね、その素晴らしい都市造りに感動したということが書かれていました。(スターパティアN邸、映像が見れます

Nさんは、私と同様、長年TM瞑想をされている方です。

TM瞑想創始者の故マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーは、1970年代から、私たち瞑想者に対して、コミュニティを作り一緒に集まって瞑想しなさい、というメッセージを発していました。

というのも、これまでも何回か書いてきましたが、多くの人が一箇所に集まり、一緒に瞑想することで、周囲に強力な調和の影響をもたらすことが出来るからです。

特に、マハリシが、調和的なヴァストゥのもつ影響力について語り出してから、米国を中心に急速に世界中あちこちでコミュニティが出来始めました。

マハリシは、ヴァストゥの影響についてこのように語っていました。

「人生で起こる問題の60パーセントは、ネガティブなヴァストゥが原因で起こる」

「調和的な宇宙法則に則った家を建てるなら、運命全般が改善され、エネルギーと幸運、健康と知性、繁栄と幸福がもたらされる」

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(マハリシ・スタパティヤ・ヴァーダ資料に基づき筆者作成、玄関の向きによる吉凶の象意)

それほど、家相、地相の影響は重要なのです。

余談ですが、中国の風水では、家を陽宅、お墓を陰宅と呼んでいます。

お墓にも地相、墓相というのがあり、これらの影響も経験上無視できません。

良い地相、墓相の墓を建てるとやはり運命全般が良くなります。


風水では最高の吉兆なる地は、四神相応の地

さて、前述のNさんが、京都はヴァストゥの知識に則って作られた都市と書いていましたが、昔から風水師らによると、京都は中国の風水に則って造られている言われています。

風水では、最高の吉兆なる地を四神相応の地としています。

四神とは、青龍、朱雀、白虎、玄武のことで、それぞれ東南西北に守護神として配されています。

青龍は河で、東に河があり、南の朱雀は平坦な低地、西の白虎は大道、北の玄武は山脈や丘陵、台地です。

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河は現在、賀茂川が京都の東側に流れていますが、北から南にまっすぐに延びています。

これは京都を四神相応の地にする為に人工的に流れを変えたことを伺わせます。

今でも地名に朱雀と付けられている所が、京都の中心に位置する二条城の南の辺りや京都駅の西側にあります。

京都が、中国風水で見て、吉兆になるように計画されて造られたことが分かります。

京都は、794年桓武天皇の時代に、和気清麻呂という政治家であり風水師によって、それまでの京都南西部にある10年間続いた長岡京から遷都され造られました。

その長岡京の前が、奈良の平城京です。


平安京など古の都のモデルになった唐の都長安

元明天皇の時代710年からの約80年を奈良時代と呼びますが、平城京が唐の都、長安をモデルにしたことは、有名です。

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(隋朝大興城城坊平面圖、ウィキペディアより)

この平城京も四神相応の地として選ばれて造られています。

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(平城宮跡、衛星写真)

それでは、もう少し平安京について見てみましょう。

かつて、天皇の住む平安宮があった場所は、現在の京都御所より1km以上西にあったことが分ります。

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平安宮は、大内裏とも呼ばれ、北の方は現在の西陣の辺りで、平安宮の外の北東近くに清明神社が見えます。

南の方は、二条城の辺りまでありました。

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平安宮のメインの入り口は、真南にある朱雀門で真南に向いています。その門から朱雀大路が真南の方に延びています。

この朱雀大路は、現在の千本通りです。

この千本通りを三条、四条と南に下ると、九条にある羅城門に突き当たります。

この羅城門の東側には、現在も有名な東寺がありますが、西側の西寺は焼失してしまって、現在は公園となっっているようです。

西寺跡と羅城門跡は今でも見ることが出来ます。

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(写真は、ブログ京都うらみちあんない「7 西寺跡・羅城門跡(京都市南区)」より転載)

中国から来た風水では、太陽が真南にある時を旺気、太陽パワーが最大になる時として、真南を大吉兆と見ていたようです。ヴァストゥでは、大凶です。この点改めて書きます)


天の帝が住む平安宮の鬼門を守護していた地の帝安倍晴明

さて大内裏の外、北東の辺りに晴明神社がありますが、この晴明神社があった周辺は、陰陽師として有名な安倍晴明の邸宅があった場所です。

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(上写真二つ共、ブログSpiritual Value from japan 記事「安倍晴明神社」より転載)

この辺り一帯は土御門と呼ばれ、安倍晴明の子孫も土御門家を名乗っていたそうですが、これは地の帝の意味で、天の帝である天皇と対をなしているようです。

神道的に言うと、生命の大元(大霊)、また生命を育む源としての太陽神を表す天照大神、そしてそこから生まれる霊魂を表す月読大神との関係。

これらは陰陽五行に基づいた風水的考え方でもあります。

当時、大内裏の内側には、天皇の住む内裏とその南側に陰陽道によって国を治める目的で陰陽寮なる役所があったようです。

それ位当時は、治世において陰陽道からなる占術や風水、呪術が重用されていました。

風水では、北東は鬼門として知られている方角です。

当時は北東は鬼が侵入してくる場所として恐れられ、内裏の北東を守護する目的で、この安倍晴明が住んでいたのではないかと思います。


ヴァストゥと通じる古代中国の都市造りにおける思想的背景

それでは、インドの風水、ヴァストゥで京都を見るとどうなるでしょうか?

先ず、道が碁盤の目のように配されています。これはヴァストゥで見ても大変吉兆で良い道路配置です。

これは、前述の長安など古代中国の街づくりにあった条坊制(じょうぼうせい)に基づいていると言われています。

この辺ウィキペディアから引用します。

(引用開始)

条坊制(じょうぼうせい)とは、中国・朝鮮半島・日本の王城都市に見られる都市プランで、南北中央に朱雀大路を配し、南北の大路(坊)と東西の大路(条)を碁盤の目状に組み合わせた左右対称で方形の都市計画となっています。

儒教の教典『周礼』において、王城は「一辺9里の正方形で、側面にはそれぞれ3つずつの門を開く。城内には、南北と東西に9条ずつの街路を交差させ、幅は車のわだち(8尺)の9倍とする。中央に天子の宮、その東に祖先の霊を祀り(宗廟)、西に土地の神を祀る(社稷)。前方、南には朝廷、後方、北には市場を置く。」とある。

(引用終わり)

この条坊制の思想的背景として、儒教の占いの経典「易経」があると言われています。

太極から生まれる宇宙の万物生成過程で陰陽、4元素、更にそこから八卦が生じ、その八卦を二つずつ組み合わせて64卦で森羅万象を表しているとされています。

八卦には、人物や肉体の部位、方位、性情など様々な象位があります。以下はよく知られている八卦の基本方位図です。

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前述の条坊制の説明の中で、「城内には、南北と東西に9条ずつの街路を交差させ」となっていましたが、この場合、場内の敷地を街路で81分割することになります。

京都は、前述の通り九条まであります。

この辺の考え方は、インド風水であるヴァストゥと共通するものがあります。

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(ヴァストゥ・プルシャ・マンダラ)

上の図は、有名なヴァストゥ・プルシャ・マンダラと呼ばれるものです。

この図では、敷地を東西九つ、南北九つの星で81分割します。これ以外にも中国風水と同じく8×8で64分割する場合もあります。

64は、インド数秘学でプールナ(満たされた、完全の意)で、全宇宙を表しているとされています。

64卦で、森羅万象を表しているとする中国とこの辺は全く同じです。

その64、或いは81に分割した各区画に星や神々を配置します。

それによって、それぞれの区画がどのような星や神々、5元素(地水火風空)の影響の下にあるかが分かる訳です。


ヴァストゥの元、寺院建築は祭壇
の構造の反映


ヴァストゥは、元々寺院建築から始まったと言われています。

建物や敷地などの形態が、人間の意識や宇宙の様々な次元や万物と共鳴試しあい、人間の意識や運命に影響を及ぼしているということを古代のリシ(見物)たちは発見し、神と人間を結びつける場所として寺院というものが建築されてきたのだと思います。

これら寺院の中で、人間と神々を結ぶ為に様々な儀式が行われますが、古代は、寺院などもなく、戸外で儀式が行われていました。

その際に例えば、真四角のレンガを五段に積み上げ、正方形の祭壇を造って、主に火の儀式、護摩(ホーマ)を行っていました。

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(写真は楽趣美HP「ヤジニャ(護摩だき)」より)

その時、五元素を表すレンガの五段積みやレンガを8×8、9×9など正方形に並べていた祭壇が、寺院の形にも反映していると言われています。

このヴァストゥ・プルシャ・マンダラは81等細かく分割されていますが、一般住宅などを見る場合は、ローカパーラと呼ばれる8つの方角を守護する神々を配した簡略化したもので適用させてゆきます。

ローカパーラは、以下の通りです。

東  インドラ(神々の王)

南東 アグニ(火の神)

南  ヤマ(死神)

南西 ニルリティ(混沌の女神)

西  ヴァルナ(水神)

西北 ヴァーユ(風神)

北  クベーラ(財宝神)

北東 イーシューナ(シヴァ神)

そこに中央に配される天の神ブラフマー(創造神)

更に地の神プリティビーを加え、十神とする場合があります。

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現代の街づくりよりも遥かに進んでいた古代の街づくり

再び京都のヴァストゥに戻ります。

京全体を長方形にし、天皇が住む宮城も完全な長方形にしており、大変素晴らしい。

現代の街づくりよりも、遥かに進んでいます。

河が東側を流れていることも吉兆です。ただし、北から南に流れているのは、ネガティブです。

これは、土地全体が、南側に傾斜している為です。この辺は、中国風水とは、反対なのです。

東側や北東側に大文字山や比叡山があり、東を塞ぐ形になっています。

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(写真は、比叡山と大文字山の間から昇る朝日、tansubeyaのブログより転載)


ヴァストゥは、太陽から来るエネルギーを重視する

その為に日の出から朝日が射す時刻が遅くなります。これはネガティブです。

ヴァストゥでは、太陽から来るエネルギーを重視しています。

何故なら、太陽ほど生命活動に影響を与えているものはないからです。

鉱物から、動植物まで、地上のあらゆるものが太陽の影響を強く受けています。

東から昇り、西に沈む太陽は、その間、異なるエネルギーを生み出しています。

太陽が西に沈んで、北、北東を通り、再び東から昇ってくる間も同様です。

インドでは、ブラフマ・ムフルタといって、日の出90分位前から太陽が東の地平線上に顔を出すまでを吉兆な時としています。

特に、太陽の中央部が顔を出した瞬間が最も強く吉兆と言われています。

太陽が北から東を通過している時間です。

ですから、この真北から真東までが、最も吉兆な方角なのです。

そして、ヨーギーは、この時間、この方角に向かって瞑想します。


日の出の朝日は大吉兆、真南の太陽エネルギーは破壊的?!

そこが山等で隠れてしまい、太陽が顔を出すのが20分、30分と遅くなってはいけません。

マハリシによると15分までです。

京都の場合、市内中心部から西側だと東に山がわずかに見えますが、それほど高い山ではないので、ネガティブな影響は大変少ないと言えるでしょう。

むしろ、都会だとビルで日の出が遮られてしまいまい、こちらの方が問題です。

コンクリートビル程ではありませんが、木造家屋に遮られて朝日が当たるのが遅くなるのはマイナスです。

ヴァストゥでは、真南から真西の間に降り注ぐ太陽エネルギーを非常にネガティブと捉えています。

ですから、この方角には窓を作りません。日本では、冬は寒いので、妥協して窓を設けておりますが、本来設けないほうが良いのです。

山はこの南から西にかけてあると吉兆となります。自然に北や東、北東傾斜地になります。

このような山や丘陵の麓や中腹に家を建てると良いのです。


琵琶湖畔にある三井寺がヴァストゥでみると理想的

そのように見ると、前述の大文字山などの山を挟んで反対側にある琵琶湖の西側にある三井寺がヴァストゥでみると理想的なロケーションにあります。

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ウィキペディアには、この三井寺についてこのように書かれています。

(以下、転載)
三井寺は7世紀に大友氏 (古代)の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学僧円珍(天台寺門宗宗祖)によって再興された。

三井寺は平安時代以降、皇室、貴族、武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀頃から比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上度々あった。

近世には豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となったこともあるが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから、三井寺は「不死鳥の寺」と称されている。

(以上、転載終わり)


「不死鳥の寺」、やはりヴァストゥが良いせいでしょうか。もちろん、ヴァストゥを見る場合、地形だけでなく、建物も見なければいけません。両方が良ければ、長く繁栄します。

この三井寺のヴァストゥが、何故良いかと言いますと、北東に湖があって、南西に山があるからです。


琵琶湖畔の大津には、4回天皇の宮が設けられていた

ウィキペディアには三井寺の起源について、大津京を造営した天智天皇、その息子大友皇子と敵対していた天武天皇が、大友皇子の息子与多王が父の菩提の為に建立を発願に対し、朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えた、となっています。

平城京の前、持統天皇、文武天皇の時代が現在の奈良県橿原市の藤原宮、その前が天武天皇の飛鳥浄御原宮、そしてその前の天智天皇の時代、この琵琶湖の畔に近江宮(大津宮)があった訳です。

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大津宮復元イメージ(「図説滋賀県の歴史」より)

この大津には、これまでに4回天皇の宮が設けられています。(詳細、ブログ近江の散策「大 津 京」)

古代は、主に天皇の住む宮は、奈良・飛鳥周辺が多かったのですが、この大津周辺も意外と多かったことが分ります。

おそらくインドのヴァストゥについては、知らなかったと思いますが、見えざる働きによって自然に良いヴァストゥの場所に導かれていたのではないかと思います。


岩崎弥太郎一族が住んだ家のロケーションは、東京随一

以前他の記事でも書きましたが、不忍の池の南西際にある三菱財閥の創業者岩崎弥太郎の子息が住んでいた家も同様の配置です。(詳細、旧岩崎邸庭園

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(岩崎弥太郎)
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東京では、ヴァストゥ的に見て、これ以上吉兆なロケーションはありません。

北東に大きな池、南西に湯島天神のあるの高台。

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(旧岩崎邸)

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岩崎弥太郎は明治11年(1878年)にこの土地を手に入れています。


敷地の形状は、大変重要

しかし、残念ながら、敷地の形がよくありません。

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(写真は、1947年航空写真で見た岩崎邸、岩崎弥太郎が購入した時の敷地サイズで現在公開されている敷地より広い)

南西が欠けているのは、悪くないのですが、南と東南の方に張り出しているのは、ネガティブです。

張り出しでも、下の図のように北東の方に張り出すのは、大変吉兆です。

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敷地が大変広く余裕があるわけですから、黄色で囲ったように長方形に敷地をカットします。

この場合、塀や垣根などで囲うわけです。生垣などの場合は、すき間がないように樹木をびっしり植えます。

ただ、真東から真北にかけての東北部位の塀の高さは、他の部分より低くします。

塀の外は、道路として使うか、それ以外では使わないようにします。


敷地への入り口は更に重要

入り口は、赤色で記したように、東側の北よりに設けます。風水で鬼門として忌み嫌う北東部でも問題ありません。

一般的なインドのヴァストゥでは、家屋は、敷地の南西部分に建てることを薦めていますが、これはお勧めできません。

何故なら、敷地の南西部分を汚すことになるからです。

下図のように敷地の真ん中に建てます。

そして、敷地と家の中心を中庭などにして空間にします。

ここは、ブラフマ・スターンと呼ばれる創造主の座だからです。

この空間(アーカシャ)を設けることによって、天と地から宇宙創造のエネルギーが降り注がれ、悟りが早まるでしょう。

それにしても、平安宮や近江宮、そして平城宮にしても、ほぼ東西南北に沿って敷地の形を基本的に長方形に整えており測量の技術もたいしたものです。

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インド、中国の影響を受けていたにしても、古の人々の叡智には敬服するものがあります。

ただ、残念ながら風水では吉兆とするメイン玄関を南に設けてしまった為に、何かとトラブルも絶えなかったのではないかと思います。

この辺は、全くインドのヴァストゥの考え方とは、逆なのです。

ヴァストゥでは北東は、鬼が侵入してくる場所ではなく、神が浸入してくる場所で、南は鬼(死神)が浸入してくる場所なのです。

中国の風水師たちも、大地のエネルギーや太陽エネルギーを見ているようですが、気の強弱や粗雑レベルのエネルギーの質に注意が行ってしまい、精妙なレベルには気づいていなかったのではないでしょうか。

経験的に感じるのは、インドのヴァストゥのリシ(見者)たちは、宇宙の構成要素である五元素や創造界の様々な次元など、より精妙なレベルから見ているように思います。

それにしても平城宮の敷地の形は、大変吉兆です。北東部分が張り出しているからです。

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東南部分が欠けていますが、これは問題がありません。上の図で示したように北東部が張り出している敷地の形状は幸運と繁栄をもたらすと言われています。

更に、上図のオレンジ色で示した位置に入り口を設けると、更に大変幸運となります。ただし、この二つの要素は全体の3分の1位です。

残り3分の2は、周辺の地形や川や水場、道路付けなどのロケーション、家屋の形状や水周り、玄関の位置などの間取りが大変重要となってきます。

次のヴァストゥ記事では、家屋や当記事の始めに示したワンネス・テンプルのヴァストゥ等について書きたいと思います。

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(京都、八坂の塔)

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三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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