幸せなお産が世界を変える&バガヴァンの教え(1)

赤ちゃんの時のトラウマと幸福の記憶

私には、赤ちゃんの時の記憶が二つあります。

一つは、ゆりかごの中だと思いますが、目を開けたときに、傍に母親がいなかったのです。

その時の恐怖感は今でも忘れられません。

何分か何時間か分かりませんが、結構長い時間だったと私には感じられました。

しばらくして母親が現れて、安堵したことを昨日のごとく覚えています。

それはかなりのトラウマになったと思います。(最終的には、瞑想のお陰でトラウマは早い段階で取り除かれました。)

もう一つの記憶は、母親から抱っこされながらほっぺたにキスをしてもらった記憶です。

もちろん心地の良い体験だった為によく憶えているのだと思います。

私はプロフィールにも書いた通り、東京の下町で生まれました。

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(昭和30年9月の小松川、小松菜の原産地として有名です。)

場所は両親が同居していた祖母の家で、お産婆さんに取り上げられ産まれました。

昭和20年代、30年代頃までは、それが普通でした。

そして、1964年のオリンピック頃を境に、産婦人科で生まれるのが増加していったようです

今では、自宅でお産婆さんに取り上げられる、というのは珍しくなっています。(我が子は、助産婦さんによる自宅出産です)


人の一生を左右する重大な時期とは by バガヴァン

ところが、現在の日本中に拡がったこの産婦人科での出産が、生まれてくる子供たちの一生を左右する重大な問題を生んでいることはほとんど知られていません。

シュリ・バガヴァンは、人間の一生における極めて重大な時期を、「子供をお腹に宿すという意図を抱いた時から始まり、出産の数時間後までの期間」としています。

(詳細は、高橋恵美さんのサイト「Peace & Silenceバガヴァンの教えシリーズ子育て」をご参照ください。)

男女の性交時の意識状態が、生まれてくる子供の意識状態及び人生を決定する、とまで言っている覚者もいますが、バガヴァンは、それだけでなく、母親の胎内にいる時、そして出生後6時間までが極めて重要である、と語っています。

ですから、母親は妊娠期間を心穏やかに過ごし、出産後も母子共に一緒に過ごすことがとても大切なのです。


母子共に不幸にする産婦人科の大罪

ところが、今回紹介させて頂く『「幸せなお産が」日本を変える』の著者、産婦人科医吉村正氏によると、どうもその正反対のことが現在の産婦人科においては行われているようです。

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(写真、吉村正氏)

妊娠中は、妊婦を不安にさせて、あげく出産後は、母子分離という赤ちゃんにとっては極めて残酷な行為を行っているのです。

ウェブ上で発見したブログ「自閉症の原因(2)」という記事の中で、ユニセフから、1991年12月24日「赤ちゃんにやさしい病院」の第1号として認定された国立岡山病院の山内逸郎医師のこのような言葉を紹介していました。

『現在、世界中の病院・医院などのしていることは、赤ん坊にとって「やさしい」どころか「厳しすぎる」ことが多くて、あまりにも「ひどすぎる」ことで満ち満ちている。』(『未熟児』、p291)


新生児室の中は地獄のよう

また、24年間、新生児室で赤ちゃんを診てきたという石田医師の言葉も紹介しています。

『一般の人は産科の新生児室には入れてもらえないので、なかの様子はおわかりにならないと思いますが、部屋のなかは地獄のようです。

新生児が寂しがって泣き叫んでいます。』(石田勝正著、『生きる原点』)

ブログの著者は、続けて

「人件費を節約するためや人手不足のために、看護婦さんの人数が少ないです。

新生児が泣いても、抱かれることもなく放置されています。

夜間であればなおさら、看護婦さんは少ないです。」

とこのように書いています。

私の体験から言っても、母親、或いはそこに誰もいない、誰かいても見えない、というのは寂しい等という生易しいものではなく、恐怖以外の何物でもありません。

私の場合は、おそらく出生後、何ヶ月も経ってからの体験だと思いますが、出生後、最も大切なのは、この地上に生まれ出てきた後の6時間なのです。


人生の出発点を愛と祝福の下で過ごすことの重要性

この6時間を母親と過ごすことで、おそらく子供は、愛というものを心の最も奥深くに抱いて、この地球に巣立ってゆくことが出来るのではないか。

そしてそのような人は容易に他者に対する愛や共感を育むことができるのではないでしょうか。

ところが、いきなり母親から切り離され、分離感、孤独感、(愛の)欠落感、そして恐怖と共にこの地球に生れ落ちてきたとしたらどうでしょうか?

おそらく、それらがトラウマとなって、人生に影を落としてゆくことは想像に難くありません。

ブログの著者は、自閉症の原因の一つとして、この産婦人科での出産が関係していると見ていますが、この出生時の母子分離は、自閉症だけでなく、近年、世界的な現象として増えた、いじめや虐待、うつ等多くの問題と関係しでいることはまちがいありません。

それでは、この母子分離など現在の日本の産婦人科や医療の問題の本質を鋭く突き、本来あるべき妊娠・出産の姿を教える吉村正著『「幸せなお産が」日本を変える』から以下、抜粋転載させて頂きます。

(以下、抜粋転載開始)

母子分離は言語道断

動物は自分が産んだ子どもが本能的にわかります。

子どもも自分の親がちゃんと見分けられます。

本能で自然に産めば、わかるようになっている。

生まれた赤ちゃんに番号札をつけなければ、自分の子がわからないのは人間だけです。

母子が、手に番号のついた腕輪をはめられている姿を見ると、人間なのに、まるで伝書鳩のようではありませんか。

病院で管理されると、そうなってしまいます。

病院では生まれ落ちると、すぐ親から引き離し、産湯で洗ったり、体重や身長をはかったり、いらんことばかりする。

なぜそんなことをする必要があるのか。

なぜそれを出産直後にやらねばならないのか。私には理解できません。 

親子が初めて対面して、互いに親子と確かめあういちばん大切な時間を、医者たちが取り上げて、だいなしにしてしまう。

動物も、生まれた直後に子どもを取り上げれば、どれが自分の親で、どれが自分の子どもかわからなくなってしまう。

あとからその動物の親子を一緒にしても、子どもを育てようとしません。

人間だって同じです。母子を離してしまうと、親子関係がうまく育ちにくい。

生まれた直後に親から離され、保育器や新生児用のICUで育った低体重児や病気の赤ちゃんが、親元に返されたあと、親から虐待されやすいという説もあります。

お産直後に分離され、親子の絆が築かれる大事な時期を逸していたからだと私は思います。

お産のとき、親子の絆を築く愛情ホルモンが一気に放出されます。

その愛情ホルモンのおかげで、子どもに対する愛着が強まります。

これは最近、科学的に研究されてわかってきたことですが、そんなことがわからない時代から、母親は自分の子どもをひしと抱きしめ、わが子を見て、わが子のにおいをかぎ、わが子の温かさを皮膚で感じ取ることで深い絆を築いてきました。
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それは生命をつないでいくために神が用意した周到な戦略です。

ところが、お産直後に母子を引き離してしまうと、どうなるでしょうか?

赤ちゃんが目の前にいないのですから、怒涛のようなホルモンの嵐はやんでしまいます。

しばらくたってから赤ちゃんを連れてこられても、ホルモンの嵐は終わっているので、頭では自分の子どもだとわかっても、体の深いところで本能的に可愛がる可愛がり方ではない。

だから子育てに義務感が伴ってしまいます。

うちでは生まれたら、すぐ母親に抱かせます。親子を片時も離しません。

そうすると、赤ちゃんが可愛くて可愛くてたまらなくなります。

赤ちゃんに刺激されて母乳も出るようになるので、うちでは全員が母乳です。

ミルクは置いていないから、飲ませようがない。

“ミルクの会社”が怒って、来なくなりました。それでいいのです。

お産に関する神の戦略は完璧です。それを医療はよけいな介入をすることで壊しています。 

母子を分離させることなど、よけいなことの最たるものだと私は思います。


女たちよ、真実を見抜く目を持て

先日、こんな話を耳にしました。

東京のとあるクリニックで自然分娩を目指していた三十代後半の初産の女性の話です。

予定日が六日間遅れただけで、生まれる気配がないということで、当然の流れのように胎盤機能を調べ、それと同時に五時間の陣痛促進剤の点滴を打たれたそうです。

その後、医療介入のフルコースで、結局、帝王切開になってしまったということでした。

自然分娩を志しながら、最も人工的なお産になってしまったということでした。

絶食、点滴、麻酔の副作用のため、頭痛で立ち上がれず、三日経った今も赤ちゃんを胸に抱くことすらできないという話でした。

私のところには、初めてのお産で、不必要な医学的介入をされ、意味のない帝王切開や吸引分娩、鉗子(かんし)分娩に終わってしまった母親たちが、次々とやってきます。

そして、自然分娩でお産をして、本当の「女」、本当の「母」になり、はじめて、いかに自分が不幸な母だったかに、心底気づく。

そんな例を、私は自然分娩にのめり込んでから多数見てきました。 

時代性か、自然分娩を看板にして、患者を集めながら、結局は人工分娩にして、経済的利益を得る医者はゴマンといます。

不幸なお産をして、二回目に私のところに来る女性たちから、前の人工分娩のことを、私は詳しく聞くことができますので、いかに人間の心が悪に満ちているかを知ることになります。 

こんなことを言うと自分だけ善人ぶっていると感ずる人があるでしょうが、そうではありません。

私は、特に女性が好きでたまらないから、女性の本質的な幸せについては、譲れない。自分の身を張っても女に幸せになってほしい。

自然分娩をごり押しするのは、気持ちいいからやるのであって、ワルの心は十分にあると自覚しています。申し訳ない。

私はある意味でワルイ奴ですが、それを穴埋めするために、こんな苦労をして自然分娩に我を忘れて、自分を投入しているのかもしれません。

体はきついし、年をとっているから、そのために死ぬかもしれないけれど、人として、気持ちいいからやっています。

だから、昔の日本人の、とくに「男」の気持ちがわかります。悪い奴だけどいいことができるのが、昔の男でした。

忠臣蔵の四十七士が、つまらん殿様のために、苦労した挙げ句に切腹したりするのは、現代人から見れば、バカらしいことでしょうが、三百年たった今でも四十七士に感動して、テレビドラマに涙するのは、そこに日本人の男の生きざまを感じるからです。

私なら、つまらん男のためには死にません。

死ぬなら女のために死ぬ。私が自然なお産に駆り立てられる根本はここにあります。

いまの日本人は心より金に自分を売り渡してしまいました。

だから、こんな世の中になってしまった。

医者が、自然分娩の気持ちよさに自然のお産をやっているのか、金のためにやっているのか、本当に「自然分娩をめざす女性は、よく見極めてから医者にかかってほしい。

ビー・ケアフル! テイクケア!

頭がいいだけで医者になり、産婦人科の看板を掲げている病院はゴマンとありますぞ! 

ただ、勘違いしてほしくないのは、自然分娩は、医療が介入する管理分娩の対極にあるのではないということです。

また、他のあまたの何々法といわれる選択肢の一つでもない。

本来、女性がいちばん当たり前に享受するものであり、人間のもっとも自然な姿です。

ところが、現代は自然に神を見るのではなく、科学に神を見ています。

科学が正しいと信じる教育を人々の頭に植えつけています。

だからこそ、自然分娩をしたいと言いながら、その一方で科学者である医者の言うことがすべて正しいと受け入れてしまう。

巷にある、形だけの自然分娩を標榜(ひょうぼう)する医者を見抜けないのです。

もちろん、たとえ人工分娩で産んでもお産は感動的なものです。

新しい生命と出会うのですから感動しないわけはありません。

お産はそれくらい素晴らしいものです。

ただ、自然に産んだお産とは深いところで決定的な違いがあります。

古い脳ですべてを解放して、自然に委ねて産むと、めちゃくちゃに幸せで、めちゃくちゃに子どもが可愛い。

それは、無意識の本能的な愛であって、自然のお産を通して自然に母親に湧いてくる。

そのように神は女を創られた。

女性が神の愛を無意識に体現するように創られているということです。

真実のお産とは、そういう世界です。

どうか、喜ぶに満ちた真実のお産をしてほしいと私は切に願います。

(以上、抜粋転載終わり)

(続く)
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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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