覚者が語る軍備、核武装、そして日本の天命とは?

覚者が語る軍備、核武装、そして「日本の天命」とは?

五井昌久師の書かれた「日本の心」の中からこれまで、聖徳太子、そして安部首相が大変尊敬する吉田松陰について書かれた文章を転載させて頂きました。

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そして、今回は、「日本の心」から「日本の天命」の箇所を転載させて頂きます。

前回のブログ「打ってはいけない!子宮頸がんワクチンで不妊症か?」で、この「日本の天命」の文章の中で五井先生が「暗黒思想」の人々について言及していることを書きましたが、その文章も掲載させて頂きます。

軍備や核武装の是非についても語られております。是非とも安部首相に読ませたい文章です。

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(写真は「祈りのある生活」五井昌久著、白光真宏会出版局刊より転載)


(以下、「「日本の心」五井昌久著、白光真宏会出版局刊より転載)

日本の天命 

日本の天命、つまり理想と使命は、最後の審判を無事にパスさせる、世界人類の完全平和を達成させる、その中心の働き、その先達としてのものでありまして、その他のものではありません。 

日本は昔から神ながらの国といい、大和の国といい、霊本(日本)といい、日章旗に示されているように、白地に太陽、つまり霊光がまん丸く統一されて輝いている、そういう本質を自ずと現わしているのです。
 
日本という国は、調和の本質をそなえておりまして、中国文化が入ってくると、それをいつの間にか、日本文化の中に融かしこんでしまう、ヨーロッパ文明が入ってくれば、これも直ちに日本流に調和させてしまう、というように、なんでも日本にくると調和されて、日本流になってしまう、という不思議な要素をもっています。
 
各国の料理なども、日本人の手になると、なんでもこなされてしまいまして、日本に来ると、どこの国の料理も美味く料理され、ものによると、その国の料理よりも日本人の手になったほうが美味い、という程になっています。
 
そういうように、各国の特徴を巧みに融合させ調和させてしまう特技をもっているのであります。

ですから今日まで、日本人の発明になるものというのは甚だ少なく、外国の発明発見を、日本人がよりよく改善してゆく、ということになっております。

日本人はよく猿真似が上手だといいますが、確かに発見発明するより、そうされたものをよりよく生かしてゆく調和させてゆくということが上手なのであります。
 
すべてを融和させ和合させるという、日本の本質は、大きくは世界平和ということに重大なる役目をもっているのでありまして、どうしても必然的に世界平和へ向う智慧や方法は日本から生れてくるようになっているのです。

これは現在肯かない人がいても、後には成る程と肯かざるを得ないようになってきます。

日本が現在唯一の核爆弾の被害国であることなどは、日本が核戦争を阻止し世界を平和に導いてゆかねばならぬことを、実証してみせたようなもので、核兵器核装備に対して日本が拒否することは、日本としては当然である、と各国に思わせる充分なる立場をつくってくれています。

核爆撃をされることなどは、日本政府としても、日本国民としても、その日の近ずくまでは知るよしもなかったことで、すべて日本の天命が完うされるための神仕組なのです。

  
日本の進むべき道を誤またせるな

そこで日本の理想と使命を一口にいうと、世界のあらゆる文明文化を融合させ、世界の完全平和の実現のための先達となる、ということであります。
 
右のものと左のものとを融合させ、その和の中から新しいものを生み出す、これが日本の天命の一つなのであります。

右のものに組して左のものを叩いたり、左に組して右のものを叩いたりするのは、日本人のすることでもなければ、日本国のすることでもありません。

日本人はすべてを生かす中庸の道、調和の道を歩むことがその天命なのであります。
 
ですから、その道を外れてしまえば日本の天命は果されないのですから、日本国は滅びるより仕方がありません。

日本国が滅びれば、世界完全平和実現の先達となり、中心となる天命の国は他にはないのですから、世界は滅びてしまうに違いありません。

これを逆説的にいえば、宇宙は大調和にむかって進んでいるのであり、神々や古来からの各聖賢が力を揃えて、地球人類の平和達成のために働いておられるのですから、地球が滅亡することはない。

だから、日本の天命は果されることになる。

従って、日本は滅亡することはない。

ということになり、やがては世界は完全に平和になるに定まっているということになります。
 
しかし、現実の世界は一触即発の危険な状態にあり、現象的にみれば、各予言のように最後の審判的な恐ろしい事態にならざるを得ないようにみえます。
 
ですから人によると、世界の平和などという夢のようなことを考えずに、如何にその場その場を他国に侵かされずに切りぬけてゆくか、ということを問題にして、日本は処してゆかねばならぬ、といっております。

それには米国としっかり手を組んで、共産主義の侵略を防いでゆくことである、そのためには日本の軍備を強化することは勿論である、というわけです。

(渡辺注:この本が出版されたのは1973年、当時社会主義国家だったソ連と米国が冷戦状態で、その代理戦争ともいえるベトナム戦争が1960年頃から続いていました。)
 
この人たちには、日本の本質も、理想も天命も無いわけです。そういうことはひとまずおいて、現在に処するということなのであります。

現在に処して後はどうする、そういう後のことはその時になって考えるわけです。

いつでも他国の動きによって動くわけでありまして、敵と思われる国々をすっかり絶滅させるまでは、世界平和ということは考えられないわけなのです。
 
ところが、私どもの霊的考察によりますと、敵があるとか無いとかいう問題ではなく、宇宙の進行による地球波動の変化につれて、どうしても変化させねばならぬ、宇宙観、人生観の問題でありまして、地球人類側にその変化に対応する心がまえがなければ、人間としての敵ばかりではなく、地球波動の変化による天変地異による、大悲劇がもたらされるかも知れないのです。

ですから共産主義国のすべてを叩きふせても、それは一時遁れのものであって、無駄骨折りに過ぎないものであるというのであります。

しかもその無駄骨を折るのには、やはり地球人類の運命をかけ、多大の犠牲をはらい、時によれば、地球人類滅亡の危険さえあるのです。

ここでもう一つ問題になるような質問がきているので、その答もかねて書いてゆきましょう。


職に身命を捧げるということ

それは、釈迦族が、毘瑠璃王に攻められた時、仏教の教えにより無抵抗で立った人たちのある中で閃婆という勇者が、敵に立ち向い、多くの敵を倒して城外に逃がれ、その途中で釈尊に出会い、釈尊からその働きをほめられて、釈尊が自ら毛髪と爪を切って、この閃婆に与えるというところが、私の書いた「釈迦とその弟子」という創作の中にでてきます。
 
その質問は、殺傷を冒してはならぬと常日頃説いている釈尊が、何故殺傷を冒して逃げてきた閃婆をほめたたえたか、というのであります。

私はその質問には次のように答えます。
 
人間というものは、自分の生命を生み育てて下さった天地自然というもの、父母というものに感謝すると同様に、自己の所属する集団というもの、小さくは会社でも大きくは国家というものに必然的に愛を持ちます。

祖国を愛する、という感情は常人なら誰しも持っています。それは当然のことで、素直な天与の心です。

それから軍人なら軍人になったことは、それはその人の因縁であって、武によって国を護る因縁がその人にあったということになります。

軍人になる因縁によってそうなったら、その因縁を因縁としてではなく、天命として完うさせなければなりません。

それには軍人という職に身命を捧げきることです。
 
そう致しますと、一たん敵が攻めて参りますれば、軍人はその敵を倒し、味方を勝利に導かねばならぬ役目を持っているのですから、自己の好むと好まずとにかかわらず、戦わねばなりません。

無心で国の守りの戦に全力を挙げた時、その軍人はその因縁の立場の中で天命を果したことになるのです。

それを、軍人が、軍人という因縁によってつくられた立場の中で、俺は戦いが嫌だといって逃げかくれしたら、その因縁は果されず、天命も果されず、その人の生命の働きは死んでしまうことになるのです。
 
これが同じ戦わぬにしても、自己の身心を投げ出した無抵抗に徹しての態度なら、これも因縁を超越して生命を立派に生かしたことになります。

どちらかに徹し切った心にならぬと、その人の因縁も消滅しないし、天命も完うされないのです。

軍人になる因縁がなければ軍人にはなりません。

釈尊のころでも、戦時中の日本でも、軍人になるまいと自分できめても、肉体的に軍人に適すれば、徴兵されてしまいました。

私など軍人になる因縁がなかったので、遂に一度も軍服を着たことがありません。

そういうわけで、釈尊が殺傷を冒してきた閃婆をほめたたえたのは、軍人としての天命を身心をかけて成し遂げてきたからなのであります。
 
 
武力をもって世界平和達成は不可能

私の説いている平和の祈りは、肉体生命の死滅を恐れて説いているのではありません。

個人、国家、人類を通して、すべての人々が永遠の生命を自己のものとして把握できる道が、世界平和の祈りの中から生れてくることを説いているのであります。

永遠の生命の道が、共産主義国を倒すことによって開くものなら、どんな武力をもってしても、それを成し遂げなければなりませんが、相対的な敵対行為によって得た道から永遠の生命を見出すことは到底できないところです。

何故ならば、相手がどのように悪い国であろうとも、敵として殺傷した場合には、相手国の人々の心に憎悪の感情を植えつけてしまいます。

まして、相手の国は自国のほうが悪いなどとは思ってもいないで、かえって向ってくる国を悪い国としてみているのでありますから、よりその憎悪の感情は強いわけで、その憎悪の感情想念は、この地球界の波動を醜く汚してしまうのであります。

そして、自分たちを叩いた国家の人々の上にその憎悪の想念波動を叩きつけてくるのです。

それは皆さんの中でも理解できない人があるでしょうが、その想念波動は、肉体があるなしにかかわらず、相手国の上に襲いかかってくるのです。

ですから、武力によっての世界平和の達成ということは絶対にでき得ないことなのです。

世界平和はお互いの生命が真実に融合した時にできるのであって、生命を和合させぬ想念波動があっては、到底達成されないのです。

そこで私は世界平和のために武力をもつということは、この世では世界平和は達成されないと思っている人々の思想であって、それはもうすでに過去の時代の思想であることを人々に知らせたいのであります。

よく、強盗が襲ってくる気配があるのに、その防備をしないということがあるか、国家もそれと同じことだ、というようなことばをききますが、強盗は強盗自身も自己の行為を悪と是認しております。

すべての人々が悪と思っております。

そういう相手を倒すのと、その国家のために忠誠を尽している人々を殺傷するのでは、全く意味が違うのでありますし、その戦いにおいて宇宙世界に及ぼす不調和波動が非常に大きな悪い影響を地球世界にも他の星々にも与えるのであります。

そういう真理を知らない人々に、一日も早く、真理を知らせ、日本の真の理想と天命を知らせたいものであります。そのための世界平和の祈りであるのです。
 
個人がその職務を完うするために戦うことは是認せられても、国家がそうした個人の犠牲の上に、自国の権威を示そうとすることは、地球平和を乱す悪行為ということになるのであって、私どもはあくまで、日本国家をそうした方向に持っていってはいけないのであります。

永遠の生命を人類に確立させ、世界完全平和達成の先達となるための働きを、私たち一人一人が心をこめてなしつづけなければなりません。

あらゆる国家民族というものは、お互いが他国と違った特徴をもち、天命をもっているのであって、その天命を各国が完うすることによって、この地球人類が一段と高次元の世界の住者となり得るのであります。
 
そのさきがけの世界平和の祈りであることを、皆さんどうぞ心に銘じていて下さい。

そして、日々の祈りに精進して下さい。やがては、皆さんの祈りに同調してくる人が、日本中に満ちてくることでありましょう。

  
暗黒思想を消滅させるもの

ところが、ここで問題になってくることは、やはり、世界制覇をめざして、着々と思想謀略を計っている国家や集団があることと、虚無主義的な破壊思想をもっている集団のあることなのです。
 
これらの国家や集団は、日本の労働争議や学校騒動などを牛耳り、あらゆる手段をもって、日本の現在の政治体制を根底からくつがえして、自国や自分たちの思想のままに、日本を操ろうとしているのであります。
 
それは単なる共産主義者たちだけではなく、もっと奥深い暗黒思想なのです。

ですから表面に現われている共産主義者や、共産主義国を叩いたとしても、それでよいのではない、と私はいっているのです。
 
こういう謀略をよく知っている憂国の人たちは、その謀略を防ごうとして必死になって活動しているのでありますが、現実的には、そういう謀略を受け入れ易い状態が世界中にあり、日本にもありまして、現在の宇宙観や人生観では、とてもその侵略を防ぎ得るわけにはいかないのです。
 
そこで憂国の人たちは、心痛しながらも、そういう謀略があるのだ、日本の危機だ、世界の危機なのだと叫びつづけるだけで、どうにも具体的な手が打てずに切歯扼腕しているのであります。

そこでどうしても、国内防衛のためにも、外交政策のためにも、軍備を充実させねばならぬ、というように武力に頼る方向にその主張が向いていってしまうことになるのです。
 
私なども現実的な面だけをみている時には、その人たちの気持がよくわかるのですが、そういう主張がかえって、暗黒思想団体の謀略のうまい口実になり、日本の右翼が日本を再び軍国主義にさせようとしている、というような喧伝をして、民衆は大体もう戦争にはこりごりしていますので、そういう喧伝にうまく乗ってしまい、日本の思想が分裂させられてしまうのです。
 
このように、日本の思想が分裂していることが一番危険なことだと私は心配するのであります。

日本の思想が分裂していることは、何かの拍子に火がつくと、内乱にまで発展しないとはいえないのです。
 
暗黒思想の謀略は実に危険であり困ったものですが、これを抑えるのに軍備というのも、業因縁の流転でありまして、これではいつまでたっても日本の平和も世界の平和も成り立たない、と私は説いているのであります。
 
ですから、どこからどこまで考えても、結論としては、神のみ心の大調和精神に沿って、世界平和の祈りを根底にして、すべての行動としてゆかねばならぬということになるのであります。

今日の世界では、今までのような神を離れた、小智才覚だけの生き方では、自分をも国をも人類をも守り得ないことが明らかになってきているのです。

そのことを、つきつめて考えてみることが、人々にとって必要なのであります。
 
共産主義をも、その底に暗躍している暗黒思想(こういう存在を知っている人はあまりいないのですが、一口にいうと、自我欲望のためなら、人を殺そうと、自国を売ろうと、他国を滅ぼそうと、如何なる卑劣な残酷な手段をもっても自己の欲望を達成するという、それでいて、表面の姿は立派な社会人であり、高位高官であったりする)をも消滅し得るのは、救済の大光明の光明波動よりないのです。
  

純潔なる平和の祈りこそ真の力

先程から何度びも申しておりますように、表面に出ている共産主義者や共産国を、いくら武力で叩いても、この暗黒思想団体は武力で叩くことはできないのです。

何故かといえば、彼らの正体は実に巧妙に隠されていまして、どのようにしても、その正体を明らかにすることができないからなのであります。
 
この人類の中には、普通人の心ではとてもはかり知れないような存在があるのでありまして、正しい良識者たちの頭で判断しただけでは、どうにもならない人物や事柄がたくさんあるのです。
 
こういう人類に必要でない存在を消滅せしめるのは、祈りの力より他にないのであります。

武力でも金力でも作戦でもなく、祈りによって地球人類の上にひびきわたる、神の光明と、大調和科学による波動調整によるより他に方法はないのです。
 
日本の運命を案じ、世界人類の滅亡を防ごうとして、各種の運動をしている、愛国者や人類愛に燃えている人々が、いても立ってもおられぬ気持で日々を送っておられるのはわかりますが、焦燥のあまり、武力に頼ろうとしてしまったら、暗黒思想者たちの思う壷であることに想いを至し、あくまで、徹底した平和主義を貫き通さねばなりません。
 
それには、この小論文でくどくどと申しておりますように、この世の出来事の目にあまる事柄もすべて消えてゆく姿として、世界平和の祈りの中に投入し、平安の気持ちになって、日本人全員の気持を、完全平和達成の希望の道である、平和の祈りに統一してゆくことが何にもまして大事なのであります。

現在の日本は、天皇の下に帰一する心になることは悲しいながらできません。

そこでどうしても、人類全般の大願目である、世界平和を願う想い、一歩進めて、世界平和の祈りの中で、日本人の心を帰一させてゆかねはならぬのです。

一億人民の光明心こそ、世界人類すべてを大光明化する、唯一無二のものとなるのであります。
 
これこそ、日本民族の天命であり、理想でもあるのです。

私どもは神の大愛を信じきっております。

神の大愛が、心の底から平和を熱望する日本民族の悲願を受け入れないわけはありません。
 
この平和の心は純粋であって汚れがあってはなりません。

片手に武器をもった平和の祈りなどあるものではありません。

そうした純潔なる平和の祈りこそ、神の大愛を真直ぐにこの地球世界に及ぼし得る祈りなのであります。

私たちは身命を投げうって、この道を貫き通してゆきたいものであります。

(以上、「「日本の心」五井昌久著、白光真宏会出版局刊より転載)



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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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