悟りを確実に速めるバガヴァンの五つの必須項目

悟りを確実に速めるバクティ&バガヴァンの教え
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バガヴァンが、私達の更なる意識覚醒のために、5つの必須項目として、日々実践することを薦めている教えがあります。

下に、これまでのウェブ・キャストで毎週の教えとして出されたものと一緒に載せていますので、是非とも、実践して頂ければと思います。

5つとも大変重要ですが、特にここでは3番目のサット・カルマについて解説させて頂きます。

サットは純粋とか、善性、そしてカルマは行為という意味ですが、バガヴァンは、このように言っています。

「できるだけ多くの人々を幸せにするために、できるだけ良い行為をする。

動物、人間、自然を助ける。

あなたが真に効果を得るためには、単なる行為だけではなく、助けたいという思いと情熱がそれに伴う必要があります。 」と。

バガヴァンは他のところで、ヤジニャ(プージャやホーマなどの儀式)をすること、そしてまた別のところでは、ディクシャをすることがサットカルマになると薦めています。

ヨーガにおける最終目標は、二元性のない完全なワンネスの状態であるサマーディ(純粋意識の体験、超越状態、三昧、バガヴァンは「スーパーステート」と表現しています。)の体験です。

そしてその前段階のディヤーナ(禅定)、更にその前段階の一点集中状態に入るために、呼吸法やヨーガ体操等をします。(
詳細、バガヴァンが与える「スーパーステート」とは?

しかし、それらサダナ(修養法)の前に先ずは善行、徳(サット・カルマ)積みをすることを薦めています。

というのも、このサットカルマがないと、深い瞑想状態を体験できないからです。意識の内側深くに入ってゆけない。

サットカルマは、物質運を良くするだけではない、ということですね。

サットカルマが生み出す善性のエネルギーは何倍にもなって帰ってきて、意識を内側に向けるパワーになるということです。

ですから、瞑想体験がイマイチという方々は、呼吸法やヨーガ体操をするだけでなく、サットカルマを積む必要があります。

アウェイクニング(意識覚醒、詳細
「ラマナ、バガヴァンによる自己の意識覚醒度の測り方」)のレベルではまだ完全なサマディ(純粋意識)の体験は、必要ありません。

以前に、バガヴァンから神実現していると認定されたと言うCさんという方がいました。

(聞いたところによる、自分の意識状態をチェック項目などから自己申告して、それがバガヴァンに認められたようです。)

で、その方が、皆さん(メーリングリストの参加者)に分り易く監修しました、ということで出された中島輝彦さんが訳した
バガヴァンが与える「スーパーステート」とは?の最初の訳では、「スーパーステートは必ずしも目覚めをもたらすものではありません。」となっていました。

その後、他の方によって、その部分の訳は、「目覚めるために、必ずしもスーパーステートが起こる必要がある訳ではありません。」が正しい訳ではないかと指摘され、変更された経緯があります。

スーパーステートと悟りの状態がどのようなものか理解されていないために起こってしまった誤訳です。

スーパーステート(超越体験、すなわちサマディの体験)は明らかに目覚めをもたらすものです。

スーパーステート以上に目覚めをもたらすものは、ありません。100%目覚めた状態が悟りです。

しかし、60パーセント、90パーセントの目覚めにおいては、必ずしもスーパーステートが起こる必要はない、とこのようにバガヴァンは言っているのです。

しかし完全な悟り(100%の目覚め)の段階に至る為にはサマディ、スーパーステートの体験は絶対的に必要です。

何故なら、完全な悟りの状態とは、サマディの状態を維持しながら活動している状態だからからです。

悟りを開いた人は日常生活において、サマディの状態にいながら、マインドを同時に使って生活しています。(雑念は当然ありませんが、必要な時だけ思考を使います。)

深いサマディの静寂の状態と活動の状態が同時にあります。

ですから、そのような人が活動の必要のない睡眠に入れば、睡眠の体験は二元性のない完全なサマディの体験になります。

肉体は完全な休息状態、脳波はデルタ波、ノンレム睡眠と呼ばれる熟睡中においてさえも完全に目覚めているのです。

(ある人が悟りを開いているかどうかは、熟睡中の状態で判別できます。夢に気付いているだけではダメで、熟睡中にも気づきがあります。)

さて、人を助けたり、動植物の面倒をみたりすることが、サットカルマになるということで、人間だけではなく、動植物などにもディクシャをすることは、サットカルマになります。

そして、バガヴァンが言うようにヤジニャ(プージャやホーマなどの儀式)が、大変なサットカルマになります。

ヤジニャは、インドではパンディットと呼ばれる儀式の専門家がいて、一般人のためにやってくれたりしていますが、もちろん自分でやってもいいのです。

私もこの15年間は、年3回くらいの頻度でヤジニャを受けています。(
マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーアマチ、そしてバガヴァンのワンネス・ムーブメントでもヤジニャを行なっています。)

プージャやホーマ(護摩)は、神聖なる存在(ディヴァイン)に対して、供物などを捧げ、感謝の意を表す儀式です。

祭壇や護摩壇を設けその前で行ないます。達成する目的によって感謝を捧げる対象となるディヴァインは違ってきます。

人生における障害を取り除くにはガネーシャ。

物質的、精神的豊かさを得る目的の場合はラクシュミ。

知識獲得、学業成就、芸術など技芸に秀でる為にはサラスワティ。

エゴや否定性の減少、家庭の幸福、繁栄の為にカーリー。

円滑な人生、家庭の調和、人間関係改善には、ヴィシュヌ。

スピリチャリティの向上や人間関係改善、物質的向上、健康改善等オールマイティな感じなのがシヴァ。

(エントロピーを下げさせ、意識を内側に向かわせるのはシヴァ神の働きと言われています。ですからヨーギー<ヨガ行者>にもっとも人気のある神様です。物質世界の幻想<マーヤー>を破壊し、意識に秩序をもたらす神。)

それから、グラハ(惑星)からの悪影響を取り除くために、スーリヤ(太陽神)など星の神々にに対するホーマもあります。

ところで、以前に書いた記事
「水木しげる、TM瞑想とバガヴァンの関係&アンマ・メッセージ」の中で、バガヴァンがバクティ・ヨーガの実践ということでプージャをすることを薦めている、と書きました。

「プージャはディヴァインを呼び寄せ、ディヴァインからサポートと恩寵を得、そしてディヴァインと一体化してゆくための方法と言えます。

バクティ・ヨーガにおけるプージャでの写真は、ニューシュリムルティ(詳細は以前の記事
「アンマ・バガヴァン驚愕の前世物語」をお読みください。)を使います。

そこには、アンマ・バガヴァン、そしてその本体であるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ、ラクシュミ、サラスワティ、カーリー、シルディ・サイババらが描かれています。

もちろん
「最強のパワーグッズ、パドカ」も使います。

ここで大切なことは、バクティ・ヨーガ、つまりマスターや神々に献身することの重要性です。(以下、省略)」

とこのように書きました。

最近、試行錯誤、度重なる修正の末、半年かかってやっと職人さんによる純銀製の手作りパドカが完成しました。

そこで、我が家で妻と完成祝いを兼ね、バガヴァンが薦める形のバクティ・ヨーガ1(バクティ・ヨーガ1は、パドカを、バクティ・ヨーガ2は、アンマ・バガヴァンの写真つまりシュリムルティを使って行ないます。)のプージャを初めて行ないました。(当記事のトップに写真を載せています。)

その後ですが、アンマ・バガヴァンとの一体感がこれまでになく非常に深まった感じがして、物事がスムースに運ぶ感じになっています。

今週2日間、あるご家族の方の家に出張して、ディクシャ・ギヴァー養成コースを行なったのですが、自分が喋っているという感じではないんですよね。

2日間ほとんどノーマインドで、よどみなく勝手に口が動いて喋っている、しかも自分で言うのもなんですが、これまでにないほど適確なことを話しているのです。

思い出すと、TM教師をやっている時もこのような感じでした。

恐らく、TM瞑想をイニシエートする時に代々のマスターに対してプージャをやっていたので、やはりディヴァインとの結びつきが強かった為ではないか、と思います。

御蔭で、今日、メールを頂いたのですが、ご家族の皆さんに大変喜んで頂いたようです。(メールの内容は
コチラ
に載せています。)

最近、停滞気味だった財運も急に改善した感じですし、瞑想体験も格段に良くなりました。妻も全く私と同様のことを言っています。

都心でもやりたいのですが、樟脳、ローソクや線香、ギー(純粋バター)ランプなど火を使うので、公民館などでは、なかなか出来ません。

火を使わないでやっている方もいるようです。それでも大変効果を感じた、と体験された方は語っていますが・・・。

儀式で火を使うのは、とても重要です。

火の神様を最初に呼び出して、その火の神様を通して他の神々と繋がると言われています。ホーマ(護摩)で火を焚くのはその為です。

そのような訳で、どこか火を使ったバクティ・ヨーガが出来る場所を探しています。知っている方はご連絡頂けると有難いです。(042-663-4626)(有)楽趣美 渡辺まで

宜しくお願いします。

★バクティ・ヨーガには現在、残念ながらディクシャ・ギヴァーでないと参加できません。また主催できるのはギヴァーを養成できる資格を持つトレーナーのみとなっています。


バガヴァンが実践を薦める日々の【5つの必須項目】

1)ワンネスの教えについて深く考える…毎日、ワンネスの教えについて深く考える時間を取るようにします。(特に毎週のウェブキャストに伴う教えについて)

2) 自分の自己中心性に気づく…自己中心性という本質に気づき、それを見ることなしにはセルフ(自己)を解消することはできません。

必要なことは、毎日の行動において自己中心性が働いているのに気づくことだけです。

非自己中心的になろうと努力する必要はありません。

3) サットカルマ…できるだけ多くの人々を幸せにするために、できるだけ良い行為をする。

動物、人間、自然を助ける。あなたが真に効果を得るためには、単なる行為だけではなく、助けたいという思いと情熱がそれに伴う必要があります。

4) 真に耳を傾けること…相手に耳を傾ける時には、ジャッジすることなくその時自分のなかで生じていることに注意を向けます。相手の話を聞いている時に、願望や必要性を感じることでしょう。それは相手が願い、必要としているものです。真の思いやりはこれを行うことによって生じます。なぜなら、あなたは自分自身を他人として体験し、相手の必要性は今やあなたの必要性になっているからです。

5) ワンネス…自分が他とは分離した人間として存在することはできないという事実を認識し、深く考えます。
全てはお互いに相互依存しています。あなたは全て一つなのです。他の全てが存在するがゆえに、あなたはそこにいるのです。

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これまでのワンネスの教え

1.理不尽な人の幸せを祈る

2.人生で起きた全ての出来事とそれに関係する人々に感謝することによって、人はスピリチュアルな道に入ります

3.恐れはスピリチュアルな道における最大の障害です;あなたの恐れに立ち向かいなさい

4.他人のなかにあなた自身を見、自分のなかに他人を見るようにしなさい

5.あなた自身でありなさい

6.あなたのマインドから一歩下がって物事を見る時、そこにはすべてに対する理解がある。
(自分のマインドから離れて物事を見ると、そこにはあらゆることを理解できるスペースがある、というような意味だと思います)

7.自然にジャッジしなくなる時、すべてとのワンネスがあります

8.目覚めた人は何もせずに行動しますが、それは練習して得られるものではありません

9.目覚めた人は空っぽであり、故に有能である。自分自身を空っぽにしようとしてはならない。

10.目覚めた人は何事にも執着しないが故に全てと一つである。執着のない状態を作ろうとすれば、それは無関心となる。それは執着のない状態ではない。

11.目覚めた人にとって、世界とは自分自身である。従って、世界を自分自身のように愛し、いたわる。目覚めた人にとって、全てはそのままで完璧である。

12.目覚めた人は動じません。そして行いが自然に起こります。目覚めた人は来るものを拒まず去るものを追いません。それは雲のようです。目覚めた人は全ての生きとし生けるものを支える事なしに支えます。

13.目覚めた人は常に不動のままであり、行動は自動的に発生する。目覚めた人は物事が空を漂う雲のように来ては去って行くことを認めている。目覚めた人々は、しようとする必要もなく、自然に生きとし生けるものを支えている。

14.目覚めた人はあらゆるものに対して心を開き、あらゆるものが適所に置かれている

15.覚醒している人は宇宙誕生以前からそこにあったものと一つになっている。それは永遠に存在し、生まれることも死ぬこともなく、始まりも終わりもなく、決して変わらず、孤高、空であり、無限、至福に満ちた永遠の“私”である

16.覚醒している人は(内側から)自然に完全な行動が起きるまでは不動のままとどまる。
覚醒している人はあらゆる見解や概念に捕らわれることがなく、あるがままのものと一つになっている。

17.覚醒している人は旅をせずに旅をする目がハート覚醒している人は旅をせずに旅をする。
(その意味は覚醒している人は肉体的に一つの場所にいても、複数の場所に存在して自分自身を体験する」という意味になります。つまり、肉体をどこかに置いたまま、自由にあちこちに旅をする、ということです。)

18.覚醒している人は全ての人々、全ての状況に対して心を開いており、それらと共に流れていく

19.覚醒している人は世界が虚空から現れるのを見る;それゆえ世界をあるがままに受け入れる。覚醒している人は世界をあるがままに受け入れるので、本来の自己に確立されている
(*Void とは辞書的には虚空、宇宙空間などの意味ですが、「全てが、創造界すらもそこから誕生し、始まる所」を意味します。PrimalSelf とは根源的自己、つまり大いなる私、大いなる本来の自己のことです。)

20.覚醒している人は意志を持たず、幻想を抱くこともない。覚醒している人はただ現実にとどまっている(*willは意志、願望という意味ですが、ここではエゴに基づいた個人的な意志、願望のことではないかと思います。覚醒している人は個人的願望、幻想を抱くことがなく、ただあるがままの現実のなかに生きているということだと思います。)

21.覚醒している人は世界を変えようとはしない。覚醒している人にとって世界は完全であり、神聖なものである

22.覚醒している人は物事をあるがままに見、それらをコントロールしたり、型にはめようとはしない。
覚醒している人は他人を説得しようとはしない。
覚醒している人は起きるべきことは起き、そうでないことは起きず、宇宙とは永遠にコントロールできないものであることを知っている。

23.目覚めた人に確定した予定はなく、行先もない。
目覚めた人は自分自身を受け入れていて、世間も目覚めた人を受け入れている。
目覚めた人は自分を知っていて、故に叡智を備えている。
目覚めた人は自分との葛藤がなく、故に真の力を持つ。
目覚めた人は死を受け入れている。目覚めた人にとって死は無いからである。

24.目覚めた人は、学ぶべきことは何も無いという事を知っている。学んで来た事を捨て去ることのみが必要なのである。

25.目覚めた人は何を達成することもない。達成することは何もないからである。
目覚めた人は何を理解することもない。理解することは何もないからである。
目覚めた人は何を知ることもない。知ることは何もないからである。

3月12、13日 「目覚めた人は内側においても外側においてもそこに在るものを抑圧も無視もせず、抵抗することも正当化することもない。ただ在るものに気付いているのみである。」

3月19、20日 「目覚めた者は何もしない。しかしやり残すこともない。全てはいつでも目覚めた者の周りで、目覚めた者を通して起きているからである。」

3月26、27日 「思考は微妙で、問題をもたらし、捕らえどころのないものであり;それは小我の現れです。それらは好き勝手にさまよい歩きます。それらはジャッジし、問題のある、動揺するマインドを生み出します。それらは“気づき”が生じるのを妨げます。覚醒していない人は思考を支配することによって、思考を管理、コントロールし、静めることを学ぶ必要があります。覚醒している人はジャッジの先に到達しています。なぜなら、その人には常に“気づき”があるので、思考を超えているからです」

4月2,3日 「覚醒していない場合には、覚醒しているかのように振る舞うべきではありません。
覚醒している場合には、その人は何も実践しません。ただ覚醒しているだけです。
覚醒しているということは目的への手段ではありません。
覚醒していることそれ自体が目的です。
覚醒していない場合には、その人は善を実践する必要があります。
善がない場合には、その人は美徳を実践する必要があります。
美徳がない場合には、その人は儀式による条件づけを実践する必要があります」

(訳注:善、goodnessとは親切であり、正直、そして人を助けること。
美徳、virtueとは正しいことを行い、間違っていることを避けること)

4月9,10日「覚醒している人は存在し、行為をしているという感覚がない。覚醒している人は心にビジョンまたはゴールを抱くことがない。ただ行為があるだけである。覚醒している人は謙虚であり、あえて謙虚であろうと努力することはない。
覚醒していない人には存在し、行為しているという感覚があり、それゆえに心にビジョンまたはゴールを抱く必要がある。覚醒していない人は謙虚さを実践する必要がある」

4月16,17日「覚醒している人は不完全であること自体を完全であると見、それゆえにあるがままの中に喜びを感じます。
覚醒していない人はあらゆるところに不完全性を見いだし、それゆえにあるがままに対して喜ばず、満足しません。
それゆえ覚醒していない人は物事を変えるために働く必要がありますが、それもまた覚醒している人にとっては完全なのです」

4月23,24日「覚醒している人にとって防御すべきものは何もないので、安心感を得るために特に何かをするということはない。

覚醒していない人は防御することがたくさんあるので、安心感を得るためにいろいろしなければならない」

4月24~30日「覚醒している人は物事について知らず、あるいは理解していなくても、見ている。
覚醒していない人は物事について知り、理解していても、見ていない」


5月1~7日「覚醒している人は絶えず学んだことを捨てている。それゆえいつも重荷から解放されていて、自由のなかに生きている。
覚醒していない人は絶えず学んでいる。それゆえ常に重荷を背負っており、自由とは何かを知らず、その結果、生きるとはどういうことを知らない」

5月8~14日「覚醒している人は物事があるがままに起きるのを受け入れている。
覚醒していない人は物事が自分の思うようにいくようにさせようとする」

5月15~21日「覚醒している人にはマインドがなく、覚醒していない人にはマインドがある。
覚醒している人にはマインドがなく、他人のマインドと協調する。
覚醒していない人にはマインドがあり、他人のマインドに対してもがく」


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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

リンク先 (有)楽趣美サイトもご覧下さい。

★ブログの内容に関するお問い合わせに対しては、個別に返事は出来ません。

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