新聞一面に載った祖父の記事から「秘密保護法」を考える

秘密保護法が、この2014年12月10日に施行されますが、戦前、戦中、軍部の中枢部で生きた義理の祖父のことを書いた以前の記事を改めて書き直し、秘密保護法について考えてみたいと思います。

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(日本経済新聞より転載/2011年1月3日)

2011年1月3日に義理の祖父、秋丸次朗のことが日本経済新聞の一面記事に取り上げられていました。

「三度目の奇跡」というタイトルで始まる記事の中に戦中、祖父が組織した秋丸機関に纏わることが書かれていました。
(秋丸機関については、以前にもNHKなどでも取り上げられたことがあるようです。)

内容を要約すると―

戦前に英米との戦争に経済的に耐えられるかどうかを当時陸軍中佐だった祖父は命じられ、当時新進気鋭の有沢広巳東大教授(元法大総長)、中山伊知郎(元一橋大学長)らを集めて、秋丸機関という名で調査した。

そして、経済力は英米合わせて20に対して日本は1、到底英米には太刀打ちできないという調査結果が出た。

祖父は陸軍上層部30人が集まった報告会で、その旨報告したが、杉山元参謀長が「その結論は国策に反するので、報告書は燃やせ」ということで、調査結果は闇に葬り去られた。

結局、日本はその後、英米との戦争に突入し、その戦争の結末は悲惨だった、と新聞記事は結んでいます。

以上の記事は、祖父が、戦後34年目の昭和54年に記した手記「秋丸機関の顛末」と有沢広巳氏が記した「軍国主義の旗の下で」を元に書かれているようです。

もし、分析結果を軍部が握りつぶすことなく、公表されていたら太平洋戦争突入することはなかったのではないか、と誰しも考えるところです。

しかし当時の秘密主義が徹底されていた軍政においては、軍部にとって都合の悪い情報が表に出てくることはまずありえません。

手記の中で祖父はこのように書いています。

「すでに開戦不可避と考えている軍部にとっては都合の悪い結論であり、消極的平和論には耳を貸す様子もなく、大勢は無謀な戦争へと傾斜したが、実情を知るものにとっては薄氷を踏む思いであった。」

「そこで平和推進派の岩畔大佐(注2)に進言して、16年8月下旬にかけて政府、大本営連絡会議に対し委細説明して開戦に対して慎重なる考慮を促したが、ついに9月6日の御前会議において第一時帝国国策遂行要領を決定、開戦の道を開くことになった。」

また人民戦線事件で検挙されたマルクス経済学者有沢広巳氏らを集めたりしていたので、右翼の妨害や東条英機に睨まれていたこと等も書かれています。

ところで、祖父の手記には、太平洋戦争開戦に関るいくつもの重大な事実が示されています。

まず、「無視された調査結果」と小見出しが付けられた箇所に、このような記述があります.

昭和16年7月以降に陸軍省の幹部に対する説明会を開かれ、上記の20対1の説明を陸軍省の幹部、つまり杉山元参謀長らにした、と。

そして、祖父が「彼らとの戦力格差は大きく、持久戦には耐えがたい」との説明に対して、杉山元参謀長は「その結論は国策に反する。報告書の謄写本はすべて燃やせ」と答えています。

この部分は、非常に重要な所で、日本が英米との戦争を始めたのは、ABCD包囲網(アメリカ、イギリス、中国、オランダによる経済封鎖)とハル・ノートによる最後通牒が原因となって、追い詰められた結果、やむにやまれず開戦した、という説がありますが、そうではないことが分かります。

この昭和16年の7月頃には、すでに英米との戦争開始を国策としていたことが分かります。

確かに日本は、ドイツ、イタリアとの3国同盟によって英米仏を敵視する形になり、結果経済制裁で米国からの石油や鉄の禁輸措置という危機的状況に陥りました。

しかし当時の状況を詳細に調べれば分かりますが、英米との戦争は、決して不可避なものではありませんでした。

石油のあるインドネシアを占領するなどいくらでも戦略はあったはずです。

もちろん、このような戦略は、武力によるものですから、望ましいものではないのですが、米英との開戦後、インドネシアに進出して、石油を一旦は確保しているのです。

ところが、米国を既に敵に回しておりますので、海路を米国に塞がれ、多くのタンカーが撃沈し、日本本土には石油は届きませんでした。

それこそ、3国同盟を解消すれば、状況は好転したはずですし、

にもかかわらず最も敵対してはいけない相手、力の差20対1の米国相手に先制攻撃をして戦争を始めるとは、無謀以外の何ものでもありません。

冷静に考えれば負け戦は目に見えていたはずで、このような絶対不利な見通しの中、何故、戦争を止められなかったのか?

おそらく、軍国教育による洗脳や、朝日、読売、毎日などマスコミが対英米戦を煽っていたこと、長引く対中戦争の相手国中国に武器を輸出している米国憎しの思い等、多くの国民が米英との戦争に対して、前向きになっていたことが大きく関係していたものと思われます。

戦争は、相手があってのことであり、関連国など様々な思惑や状況があり、一国や誰彼の責任に帰せるものではありませんが、究極的には、その国の国民の集合意識、集合的カルマの結果なのです。

現在、安倍政権は特定秘密保護法を施行しようとしていますが、情報を一部の人間が独占し、それによって政治を進めてゆくやり方は、大変危険です。

現在の北朝鮮やかつてのソ連など共産圏国家がそうだったように、政府や官僚にとって都合の悪い情報は秘密にされ、それら一握りの人間に情報や権力、富が集中し、その結果腐敗が進み、多くの国民が苦しめられました。

私は昨年11月末の記事「安部首相をインド占星術で分析する(3)戦後最悪の法案衆院通過」で以下のように書きました。

「安倍首相が、最終的にこの法案で意図していることは明らかです。

同盟国米国と一緒に戦う、集団的自衛権を行使する、ということです。

米国が始めた戦争に、日本も加わって一緒に戦うと。

米国は、自国にとって、脅威となる、或いは放置していると脅威となる国を、自国に攻め込まれる前に叩くという理屈で、ベトナム戦争も、アフガン、イラク戦争も自衛や民主化、正義の為という美名の元に戦争を遂行、正当化してきました。

しかし、後になって明らかになったことですが、ベトナム戦争のトンキン湾事件、米国の自作自演の9.11をきっかけに始めたアフガンやイラク戦争など、多くの戦争は、米国が仕掛け、他国に土足で侵攻し、多くの無辜の市民を巻き込み虐殺しているというのが実態です。

以前の記事「欺瞞政治の蔓延と報道されない不正選挙」にも書きましたが、そのような米国が始めた戦争で、第2次大戦以後だけでも、本格的に武力行使した事例が150回以上、数百万人の外国人の命が奪われているのです。

そのような戦争に安倍首相は、加わりたい、と言っているわけです。その為にこの法案を法制化する必要があるのです。沖縄密約のような米国との間の秘密の協定がどんどん結ばれて行くでしょう。

気が付けば、米国の戦争に巻き込まれていたなどということが起きるかもしれません。」


そして、危惧していた通り安倍内閣は、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を今年の7月1日に行いました。

昨日(日本時間11月5日)米国中間選挙で、米上下両院議会と州知事はオバマ政権の支持母体である民主党ではなく、ネオコン(新保守主義)と呼ばれるタカ派が主流を占める共和党が過半数以上を制しました。

彼らは、イスラエルとの関係が深く、自由主義を建前とした覇権論を唱えており、独裁政権の武力介入による転覆を肯定する過激な人々で、イラクやアフガン、中東など現在まで数多くの米国による軍事介入は、この考えを標榜して行われています。

(その背後には様々な利権があることは、以前の記事「9.11を予言していたマハリシが危惧していた小泉政権の大罪」他をご参照下さい)

オバマ政権になってから、米国の海外派兵や戦争は、縮小傾向にあったのですが、今後、彼らの台頭により、更なる中東危機や米露の対立、また日本の周辺国との間で緊張した状況が、起こってくるかもしれません。

今後これ以上、危惧していたことが起こらないよう、時間を合わせて祈りや瞑想することが重要かと思います。(是非、毎週日曜日の午後1時半からバガヴァンとインターネットで繋がって一緒に瞑想してください。ワンネス・メディテーション http://www.ettmedlivet.org/om/index.asp?valdzon=UTC9


祖父は戦後、故郷の宮崎県の飯野町長(その後、3町合併でえびの町、1970年の市制施行で現在はえびの市)を二期経験したそうですが、その町長時代、出張で東京に赴くとその2年後に首相となる岸信介(安倍首相の祖父)が、東京駅に出迎えに来ていて、随行の人がビックリしていたそうです。

戦前満州時代、岸信介同様、祖父が満州経営の中心にいて、建設主任として活躍していたと聞いています。

ちなみに、えびの市は、かつて薩摩藩に属しており、岸信介は山口市(長州藩)出身で、薩長連合と通じるものがあったのかもしれません。

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(写真は、「秋丸機関の全貌」 より。満州の関東軍参謀付時代。左から2人目が秋丸次朗。4人目が国務院総務次長の岸信介。右上円形の切り込み写真右端が満州重工開発総裁の鮎川義介)

この記事の内容は、元外交官天木直人氏、船井幸雄氏ら各界著名人のブログなどにも取り上げられ話題になりました。

一応、日経に載った記事全文を転載させて頂きます。

(以下、転載開始)
70年前の日米開戦前夜。正確に日本の国力を予測しながら、葬り去られた幻の報告書がある。
 報告書を作成した「戦争経済研究班」を取り仕切ったのは、陸軍中佐の秋丸次朗。1939年9月、関東軍参謀部で満州国の建設主任から急きょ帰国した。同班は「秋丸機関」の通称で知られるようになる。
 英米との戦争に耐えられるかどうか、分析を命じられた秋丸。東大教授の有沢広巳、後の一橋大学長になる中山伊知郎ら、著名学者を集め、徹底的に調べることにした。

「20対1」を黙殺

 東京・麹町の第百銀行2階に常時20~30人がこもる。調査対象は人口、資源、海運、商業など広い分野に及んだ。今と違い資料収集も簡単ではない時代。日本は経済封鎖の下で軍需産業育成にどれだけ力をそそぐことができるか。英米との力の差はどの程度か。英知を結集した分析が進んだ。
 調査開始から1年半を経た41年半ば。12月8日の日米開戦まであと数ヵ月の時期に、陸軍首脳らに対する報告会が催された。意を決するように、秋丸が言った。
 「日本の経済力を1とすると英米は合わせて20。日本は2年間は蓄えを取り崩して戦えるが、それ以降は経済力を下降線をたどり、英米は上昇し始める。彼らとの戦力格差は大きく、持久戦には耐えがたい」。秋丸機関が出した結論だった。
 列席したのは杉山元参謀総長ら陸軍の首脳約30人。じっと耳を傾けていた杉山がようやく口を開いた。「報告書はほぼ完璧で、非難すべき点はない」と分析に敬意を表しながらも、こう続けた。
 「その結論は国策に反する。報告書の謄写本はすべて燃やせ」
 会議から帰ってきた秋丸メンバー一人ひとりから報告書の写しを回収し、焼却した。有沢は直ちに活動から手を引くよう命じられた。
 報告書の一部は88年の有沢の死後に遺品から発見される。104ページ分の報告は詳細を極めていた。見たくないものは、見ない――。秋丸機関はほどなく解散し、現状認識を封印した戦争の結末は悲惨だった。
(以上、転載終わり)

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プロフィール

三休さん

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昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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