覚者が語る「吉田松陰」とは?

安部首相が尊敬する吉田松陰とは?

安部首相の名前、晋三の晋は、幕末長州藩の英雄高杉晋作から一文字をとって名付けられたそうですが、この高杉晋作の師と呼べる人物が吉田松陰です。

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その吉田松陰について、五井昌久師が、やはり聖徳太子について語っていたご自身の著書「日本の心」の中で取り上げています。

安部首相は、この吉田松陰を尊敬しているとのことですが、五井先生の本を読むと、この吉田松陰の考え方、生き方は、神への献身、まさにバクティ・ヨーガそのものです。

自我の為ではなく、公に殉する行為こそバクティです。松蔭や五井先生は、公を本心としていましたが、公とは、つまり真我であり、神我です。

五井先生の霊眼で見ると、吉田松陰は、今でも真人としての個生命を持ちながら、神々と俱に世界平和実現のための天使となって、地上界に働きかけているとのことです。

現在日本は、中国との問題やTPPなどいくつもの難題を抱えていますが、吉田松陰はじめ神々の導きによって、日本と世界が、最善の方向に進んでゆくことを祈願してやみません。

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(写真、五井昌久師、五井昌久著「宗教と平和」白光真宏会刊より)



吉 田 松 陰 

―大人は天地の理の中に生きる―

体は私、心は公

明治維新の前後には、素晴しい人物が輩出しましたが、現代では大人物というのにあまりお目にかかりません。これは一体どうしたことなのでありましょう。

現代の日本は、明治維新の頃以上に、大人物の必要な重要な時期に立ち至っているのですが、何故大人物が現われてこないのでしょう。吉田松陰の「坐獄日録」の一節によればこの理由は明らかです。

「体は私なり、心は公なり。私(体)をこきつかって公に殉ずる者を大人(立派な男)といい、公をこきつかって私に殉ずる者を小人という。小人が死ねばその肉体が腐爛潰敗するだけのことだが、大人は死すとも天地の理のなかで生きている」

いい言葉です。言葉が生きています。この松陰のいうように、公(本心)に殉ずるために私をこきつかっている人が、今日どれ程いるでしょう。

ほとんどの人が、私のために公をこきつかっているのです。天地の理の中に生き、永遠の生命をそのまま生きている、大人物は果していつ出てくるのでしょう。

私は大西郷を筆頭に勝海舟や坂本竜馬や山岡鉄舟や明治維新の頃の人物の多くを尊敬していますが、吉田松陰の立派さは讃えようもない程です。

近頃テレビで私の尊敬している山岡荘八氏の吉田松陰が放映されておりました。

松陰は日本を開発しようとして、生命をまとに黒船に乗りこみ、失敗すると、自ら名乗り出て刑に服そうとするのですが、役人たちは黒船乗込みが世間に知れては、役目不行届きになるし、幕府としても、あまり公にして後々真似る者が出たり、幕府の面目にかかわったりしては困るので、無罪或いは軽い刑で済まそうとします。

しかし、松陰はかえって自分が極刑になることによって、世間の心ある人々に、重大な岐路にある日本の運命を悟らせ、日本の進化のための目をひらかせようとするのです。

松陰は常に自分の言葉通りに、私(体)をこきつかって公に殉じようとしていたのであります。

この映画を観ていますと、松陰の日本を守り、日本を立派にしようとする公の心が、観る者の心に痛い程沁みてきて、涙がにじみ出てきます。

ちょうどイエスの歩いた歩き方そのままの気がします。

自分の信ずる歩み方をどんな迫害にあっても、いささかも曲げようとしなかったイエスと、松陰とには一脈相通ずるところがあるのです。

それは私を公に殉じさせたその生き方にあったのでしょう。

日本の政治指導者たちに、少しでもよいから、この吉田松陰の心を汲み取って実行して貰いたいと思うや切であります。自己の椅子を守るに汲々として、国家の進路を誤まらせるような政治家があったら、その罪万死に値いするのです。

西欧の物質文明の急速なる進歩に追いまくられて、天に通ずる精神の道をおろそかにしてきた、明治末期から大正昭和の日本の在り方が、公よりも私を大事にし、天に通ずる精神より、肉体に附属する感情想念に重きを置く、小人間像を育ててしまったのです。

それが、物質文明も隆盛になり、急速な経済発展を遂げながらも、日本を不動磐石の地位に置くことのできぬ、人物払底の時代としてしまったのであります。


つねに天地の理法を想う生き方

ですから大人物の育成のためには、どうしても天地の理を明らかにし、真実の人間性を解明して、人間如何に生くべきか、を徹底的に、人々に知らせなければならないのです。

昨日までの凡夫が、一日にして、飜然として本心を開発することもあり得るので、頓悟の人、漸悟の人、いずれにしても、本心開発の道を多くの人に知らせる運動が必要なのであります。

今日のように小人ぞろいの日本では、いつかは世界と共に滅びてしまうのは必然なのです。

何故ならば、大調和世界創設の中心となって働くのが日本の天命でありまして、そのためには日本人が、天地の理に叶った調和した真人になって、世界の見本とならなければならぬからです。

天地の理法に逆立ちした生き方の人間がいくら数多くいたとしても、それはいつかは滅び去ってしまう運命を持っているのでありまして、真実の地球世界を創り出す力とはならないのであります。
 
そういう意味で、天(神)を無視した唯物共産主義思想などは、いつかは自然に消え去ってゆくものなのです。

永遠の生命、永遠の平和につながり得るものは、天地の理法に叶った生活をなし得る者だけなのです。

吉田松陰などは若き肉体生命ではありましたが、今日でも天地の理法の中に、生命輝かに生きつづけているのであります。

それは、真人としての個生命を持ちながら、神々と俱に世界平和実現のための天使となって、地上界に働きかけているのです。
 
吉田松陰は若くして松下村塾を開き、若くして多くの子弟をもっていました。

西郷、大久保と並んで明治維新の中心となった木戸孝允(桂小五郎)、高杉晋作をはじめ、日本最初の首相となった伊藤博文や長州の若者たち、憂国の至情をもった、明治維新のために働いた人々の中には、松陰の影響をうけた人々が少なくなかったのです。

そういう意味でも、30歳の若さで世を去った松陰ではありましたが、多くの人々の中に生きつづけて働いていたともいえるのです。
 
下田沖で米艦による海外渡航に失敗した25歳の松陰は、萩の野山獄に送られますが、その獄の中にあっても、終身刑の人々までにも、道を求める喜びを湧きあがらせ、永遠の生命を求め得る希望を持たせることに成功しているのであります。

松陰の人格と学問との調和が一度びは、失意の底に沈んでいた人々に生きる勇気を湧き上がらせたのであります。
 
池田諭氏はその著吉田松陰(大和書房刊)でその間の消息をこういっております。

「新入りとして、先輩たちに食物のふるまいをすることになっていることなど、進んでやってのける。ある時は小豆がゆをつくって、皆で食べるとか、わざわざ医学の研究をして、治療法を教えるとか、相互扶助のための月掛貯金をするなど、直接、皆に役立つところからやっていくことによって、松陰はぐんぐん、皆の中にはいっていった。そして入獄後半年目には、座談会をもてるところまでこぎつけたのである」


仁と義に徹する実践学問

そうして獄中で「孟子」の講義をはじめました。そこで松陰はこう説いています。

「そこで、少しばかり僕の諸君と獄中にあって学を講ずるの意味を論じてみたい。

世間一般の通念でこれを批評するならば、われわれは今、囚人として獄につながれていて、再び世の中に出て、明るい交際ができるという望みはないといってよい。

おたがいに学問を講じ、一心にみがきあがって立派な業績をあげることができたとしても、それには何の具体的なむくいもないだろう云々、ということになる。この考え方がいうところの利の説だ。

しかしながら、仁義の説というとそうではない。人間の心が本来的に持っているものであり、物事の理が自然に行なわれているところで、それがはたらいていないところは一つとしてないものなのだ。

それを、人と生れて人の道を知らず、臣と生れて臣の道を知らず、子と生れて子の道を知らず、士と生れて士の道を知らないというのは、実に恥ずべきの至りではないだろうか。

もし、これを恥じる心があるならば、書を読み、道を学ぶ以外に方法はないであろう。

そして、そこに存在する幾つかの道を知ることができたならば、自分の心はこんなに嬉しいことはないのである。

『朝に道を聞きて、夕に死すとも可なり』という言葉の意味はこのことである。その上に、なお事業の成功や報いを論ずる必要があろうか。

諸君は、もしこの心がけがあるならば、初めて孟子を学ぶことのできる人であるということができるだろう。

さてさて、近世は文教が日に日に隆盛になってきて、士大夫も書を小脇にかかえて師を求め、一生懸命に勉学につとめている。

その風潮は、まことに立派であるといわなければならない。僕のような獄中につながれている賎しい囚人が、何の口ばしをいれることがあろうか。

しかしながら今の士大夫や勉学にいそしむ者をみるに、もしその心の内を論ずるならば、名声を得るためにするのと、役目を得るためにするもの以外ではない。

そうすれば、それは事業の報いを主とする者であって、義理を主とするものは全く異なったものである。ここのところをよく考えておくべきであろう。

ああ、世の中に読書人は多いけれども、真の学者といわれるべき者がないのは、学問を始めるにあたって、すでにそのときから志がまちがっていたからである。

その国のために、心をうちこんで励む主君は少なくないが、真の明主がないというのも、政治を行なってゆこうとするその初めにあたって、志がすでに誤っていたからである。

真の学者、真の明主が出てこないときには、物事が順調に進んでいるときは、それでもよい。しかしそれが逆境の場合であればともに語るべき人はいないであろう。

僕はいま、逆境に落ちた人間である。だから逆境についてだけは、誰よりもよく説くことができると思う。

嘉永六年、安政元年の年アメリカとロシヤの使節がやってきて、わが国に大事がおこったとき、皇国のすぐれた国体を屈して、卑しい外国の劣った姿に従うようになったのは何故だろうか。

それは、国の上下にわたってなされた議論が、戦に対する必勝の信念を欠いており、そこから議論を横にすべらせて、かえって自らに思いもかけない災害が起るかも知れないと恐れた、その恐怖に外ならなかったのだ。

これもまた、義理を捨てて事の成功や報いをのみ論ずる者からでた弊害で、これでは到底、このような逆境の場合は如何になすべきかなどという大事をともに論ずるわけにはゆかないのである。

世の道理や人倫道徳を明らかにする学問に志す者は、二たび三たび考えて貰いたい」 (講孟余話より)


松陰の学問は実践の学問でありながら、仁義に徹した道でありまして、この世の名声を得るためのものでも、役目地位を得るためのものでもなく、天地の理法をこの世に現わすための、小我を捨てきった実践の道であったのです。

ですから義や理法を捨ててこの世の事業や政治に成功してゆく道でもなければ学問でもなかったわけです。

その真理に徹しての行動は、自己のみならず、親兄弟の幸不幸を度外視したものでありまして、道にたが違う行いとみれば、重役にでも、藩主にでも、まとも真正面に意見を加えたのであります。

今日の社長とか重役になら、叱られたところで、その会社を退めれば事足りるのですが、封建制下の藩主とか重役の意見にそむけば、まかり間違えば、自分ばかりでなく、親兄弟や親類にまで、その罰が及ぶのですから、とても、余程大義に徹し、不惜身命の人で、肉親の情をも超えていないと出来がた難いところです。

松陰は天地の理のために、日本の将来の発展のために、敢えて、何人にも出来難いようなことをやってのけたのです。

そして最後に死刑に処せられるわけで、なんともいえぬ壮絶な一生であります。

この松陰の身を捨て切った行動が、明治維新の大業に影ながら大きな功績があったことはいうまでもありません。

同心の志や後輩たちの正義の血をいやが上にも燃え上がらせ、多くの人を維新の大業に立ち上がらせたのですから。

ここで、松陰と弟子たちとの交わりについて山岡荘八氏著「吉田松陰」(学研刊)より文をお借りします。

松陰と弟子たちとの交り

彼が、新しくやって来る入塾希望の少年たちに、どのような態度で接したかについて、二つの例をあげてみよう。
 
横山重五郎は14歳で入塾しているのだが、その時にはもう松陰の名は、少年たちの間で押しも押されもしない「英雄―」であった。

もともと藩校の教授である。そのうえ日本中を遊歴して、黒船に乗りこもうとまでしたことがひろく知れわたっている。横山少年は、どんなにこわ怖い先生であろうかとおそるおそる塾へ出向いた。
 
「―その容貌言語果して人に異り……」
 
彼は、そのおりの事をまっ先にそう記している。彼の想像していた松陰と全然違う印象で、ひどく貧弱なやさしい感じだったのが、こうした書き出しになったらしい。
 
「ご勉強なされい」
と、松陰は言った。

少年は先ずその言葉づか遣いの丁重さにびっくりした。そして与えられた仮名まじりの本を開いていると、松陰がそばへやって来て、その一節を読んだあとで、
「―これはひたちおび常慢帯という、水戸の藤田彪という先生の撰んだ本です。そもそもこの藤田先生という人は……」

勉学に入る前に、著者の人となりから、風貌、逸話の類までくわしく伝え、そうした人が、何のためにこの本を書く気になったか? 

何を後人に訴えようとしているのか? そうした事を考えながら学習するよう、いんぎん慇懃に教えてくれてから又言った。
「―ご勉強なされい」

横山重五郎はそれだけで、もはや松陰を心の底から敬愛するようになった。

「―一つもみずから英雄ぶって人を虫や蟻のように見下すところはなく、ただわずかに師の方が私よりも年長者だけだというだけである。

予は大いにおどろき、きく喜懼おくあたわず……余は学問に志して来たとは言え、未だ乳臭い少年に過ぎない。

天下に名のとどろいた鬼神、豪傑とも言うべき先生が、このように諄々と真情を傾けて教えを乞えば、いかに自分が不才であっても、何かひとかどの、用に立つ人間になり得るかも知れない。そう思うと欣然おく能わず……」と書き残している。

馬島春海という塾生は16歳の時に、滝弥太郎と共に村塾を訪れ、束修を差出してご教授に預りたいと挨拶した。

すると松陰はこう答えた。
「―教える……というようなことは出来ませんが、一緒に勉強しましょう。諸君に勉強する気があれば、私もそれで教えられるに違いない」

二人はびっくりして、その日はそれで辞去することにした。松陰はそれを玄関まで送って出て、師弟というよりも、全く対等の友人のように扱ってくれたと言って、

「われ等少年に対して、その謙遜なることかくの如し」
と述べている。

松陰の人となりが眼にみえるようです。

世の中には偉くもないのに、やたらと尊大ぶってみせる人や、家柄や地位をかさにきて、人を下目にみたりする人がいますが、鼻もちなりません。

佐久間象山という人は、松陰とは全く反対の尊大ぶった人でしたが、学問が非常に秀れていて、先を見る眼も確かで、日本の国を愛する熱情の人だったので、松陰とはひどく肌合いが違いましたが、考えるところが一つだったので、心が通じ合っていたようでした。

しかし私どもは松陰のように、個人の自己としては、非常に謙虚でいながら、事、義や理のためとなりますと、熱烈一歩も後へ退かぬ逞しい闘魂を燃え上がらせる人のほうを好もしいと思います。

私どもの平和運動に致しましても、いざという時には、相手の不調和な想念を焼きつくさねばおかぬような、烈しい気迫が必要でありまして、平和を乱してはならぬという気持ちから、悪や誤ちに妥協してはいけません。

悪は悪、誤ちは誤ちですから、これはあくまで祈り心で正して、真の調和世界をつくりあげてゆかねばならぬのです。

ですから、個人の我としては、あくまで柔和で謙虚でしかも明るく、大義のためには鬼神も退くという程の気迫を持って世を渡らねばなりません。

そこが祈りによる世界平和運動のむずかしいところで、まずこの文章の最初の松陰の「坐獄日録」の言葉を手本に致したいと思います。


松陰の死生観


ここでまた、松陰の言葉をつづります。これは死刑の前日10月26日に記したものです。
 
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂
 
「―5月11日に関東に呼び出されるという知らせをうけてからは、またひとつ、誠という字をつねに念頭において出所進退を明らかにしなければならないと思うようになったこともたしかである。

ちょうどその頃、杉江入蔵は死ということについて考えなさいという意味のことをいってきた。

しかし、僕はこれを用いなかった。

それよりも、自分の心をあらわすものとして、一枚の白布を求め、これに孟子の「至誠にして動かざるものは未だ之れ有らざるなり」という一句を記し、手ぬぐいに縫いつけ、それを持って江戸入りをし、これを評定所のなかに留めおいたのもそのためであった。

吾れ此の回初めもと素より生を謀らず、又死を必せず。

(僕はこの度のことで初めから生きるための工夫もしなければ、死を必然だとも思わなかった)唯だ誠のつうそく通塞を以て天命の自然に委したるなり。

(唯だ、誠が通じるか通じないかということを以て、天が指示する運命のなりゆきにゆだねたのである)
      *
今日死を覚悟して少しも騒がない心は、春夏秋冬の循環において得る所があったのだ。

思うてかの農事のことをみるに、春は種をまき、夏は苗を植えつけ、秋に刈り、冬はそれをかこっておく。

秋、冬になると人々はみなその年の成功を悦んで、酒をかもし、甘酒をつくって、村野に歓声があふれている。

いまだかって、西成にのぞんで歳功の終るのを悲しむものを聞いたことがない。
 
僕は年を数えて三十歳になる。一事をなすことなくして死ぬのは、あたかも農事で稲のまだ成長もせず、実もつかず、という状態に似ているのだから、残念だと思わないではない。

しかし今、義卿自身としていうならば、これもまた秀実のときである。必ずしもこの身を悲しむことはいらないだろう。

何故なれば、人間の寿命は定めなきものである。

農業における収穫の必ず四季を経過しなければならないのとは違っている。

十歳で死ぬる者には、おのずから十歳の中の四季がそなわっており、二十歳には二十歳の、三十歳には三十歳のおのずからなる四季があるのだ。

五十、百になれば、また五十、百の四季があり、十歳では短かすぎるというのは、数日しか生きない夏蝉の運命をして、百年も千年も経過した椿の木の寿命にひきのばそうというものである。

また百歳を以て長いというのは、その長寿の椿を、短命の夏蝉にしようとすることなのだ。

どちらも、天命に達しないというべきであろう。義卿は三十、四季はもう備わっている。

成長もし、また実りもした。それがしいらであるか、十分に実の入った種であるかは僕の知るところではない。

もし同志の士に、僕の微衷を憐れんで、それを受けついでやろうという人があるならば、そのときこそ後に蒔くことのできる種子がまだ絶えなかったということで、おのずから収穫のあった年に恥じないということになろう。

同志諸君よ、このことを考えていただきたい。      ―留魂録抄―」

 
三十歳にしてこの死生観、実に天晴れという他はありません。

これが、戦国時代のように、自分が好むと好まざるとにかかわらず、身命を賭さねばならぬ時代ではなく、自らが避ければ、死をまぬがれ得る時代において、卒先して身命を投げ打ち、維新の大業の礎となった松陰の生死を超越した心は、いつの時代においてもかがみ鑑となる本心開発の姿でありましょう。

松陰は正にイエスであり、ソクラテスでもあったのです。

戦争のようにさけられない運命の中で、死を覚悟するのは、まだ易しい。

しかし、常に大義のために生死を超えて、本心を出し切って生きることは、実にむずかしいことなのであります。

私ども易行道宣布の者にとっては、吉田松陰そのものの人をつくり出そうとは思わないのです。

松陰のような人は、滅多に出現する人ではなく、天が日本に降し給うた菩薩であって、人間の今生の教育でああなったのではありません。

学問はその本来の使命を引き出したに過ぎません。

ですから、多くの凡夫に松陰のように天地の理法を実現する熱情と、悪や誤ちに妥協せぬ、堂々たる生き方を、少しでも心に沁み込みこませたいと思うのです。

そして、たらざるところは、常に守護の神霊に感謝し、自己の心を汚し曇らせる業想念や、他人がみせる汚れけがれを、すべて過去世からの因縁と観じて世界平和の祈りの中に消し去ってゆく、という、消えてゆく姿で世界平和の祈りの行に専念して生活してゆくことをすすめるものなのであります。

士 規 七 則
 
最後に、松陰の従弟である玉木彦介の元服式に松陰が書き贈った、士規七則を、山岡荘八氏著「吉田松陰」より抜粋しておきます。

これは、乃木大将などの座右銘になったもの、原文はいうまでもなく格調の高い漢文なのだが、これを現代文に直してある、と山岡氏はいっております。   

士規七則

書物をひら披いてゆけば、傾聴すべき言葉は林のごとく、人々の胸に迫るものがある。

しかし人はあまりこれを読まない。もし読んでも実行しない。

読んで実行しさえしていたら永遠に誤ることあるまいに、ああ噫! 繰返してまた何をか言わんやだ。と言って、知っていることを言わずにいられないのが人間の至情である。

古人はこれを昔から言っている。自分も今また止むに止まれずそれを繰返す。

一、凡そ生れて人たれば、よろしく人の禽獣に異る所以を知るべし。けだし人には五倫(五つの踏みはずしてはならぬ道。父の義、母の慈、兄の友、弟の恭、子の孝。)あり。

しかして君臣父子を最も大いなりとなす。故に人の人たる所以は、忠孝を本となす。

一、およそ皇国に生れては、よろしくわが宇内に尊き所以を知るべし。けだし、皇朝は万葉一統にして、邦国のしふ士夫、世々祿位を襲ぐ。人君は民を養いて祖業を継ぎたまい、臣民は君に忠にして父子を継ぐ。君臣一体、忠孝

一致なるは、ただわが国において然りとなす。

一、士の道は義より大なるはな莫し。義は勇によりて行われ、勇は義によりて長ず。

一、士の行いは質実にして欺かざるをもって要となし、巧詐にしてあやまち過をかざ文るをもって恥となす。光明正大、みなこれより出ず。

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせざれば、すなわちひふ鄙夫(いやしい男)のみ。書を読みて尚友とするは君子の事なり。

一、徳をなし材を達するには、師恩友益多きに居り、故に君子は交游をつつしむ。

一、死して後止むの四字は、言簡にして義ひろし、堅忍果決、確乎として抜くべからざるものはこれをおきてすべ術なきなり。

右士規七則、約して三端(三ヶ条)となす。曰く、志を立てて万事の源となし、交を択びて仁義の行いをたす輔け、書を読みて聖賢のおし訓えをかんがう。士、まことに、ここに得ることあらば、又もって成人となすべし。                ―21回猛士手録


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神に気に入られることで恩寵が注がれる

神の恩寵は、神に気に入られることで降り注がれる

バガヴァンは、かつてフォロワーの「神の恩寵とは?」という質問に対して、このように応えています。

バガヴァン:

「神の恩寵」は、神があなたのことを見て気に入った時に、あなたに注がれるものです。

ですから、あなたはバクティ(注:神への献身)と愛と委ねを通して、神にもっともっと喜んでもらえるようにしなければなりません。

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(クンブメーラ祭、今年1月27日~2月25日までアラハバードで
行われている世界最大規模のヒンズー教祭典、写真はハリドワール)


神実現は、神の恩寵の結果得られる

またバガヴァンは、別のところで、神実現については、神の恩寵の結果得られるものです、と述べています。

神実現は、アェイクニング(覚醒)とは、似てはいますが、厳密には違います。

以前の記事「地球危機はこれからが本番?!バガヴァン他メッセージ」でバガヴァンが言及していたように、アウェイクニングは、「内側に葛藤がない状態、苦しみがない状態」で、これは気づき(純粋意識)の深さと関係しています。

純粋意識は、万物の源であり、永遠不滅不変の絶対「存在」であり、非顕現神、或いは非人格神とも呼ばれています。

その本質は至福(アーナンダ)です。


神の本質は「愛」

一方、神実現は、顕現神、この宇宙の創造者であり、宇宙の維持者でもあり、また宇宙の解体者、宇宙の管理者といってよい存在との合一を意味しています。

この宇宙、相対界は、様々な自然法則によって、運行されているわけですが、その万物の自然法則を完全に調和的進化的に運行支配している存在が、この神(顕現神)と呼ばれる存在です。

そのような訳で、顕現神は、無限の知性と能力、エネルギーを持った存在です。

そして、その顕現神の本質は無限の愛です。

至福は、絶対状態の本質ですが、愛はこの絶対状態が外側の世界、つまり相対界に向かって放つ光ではないかと思います。

最少励起のエネルギーであり、それは外側に向かうエネルギー(遠心力)であり、同時に外側のものを内側に引き寄せるエネルギー(求心力)。


愛のエネルギーは、自己と他者を繋ぐ

その結果として自己と他者を繋ないでいるのではないかと思います。

この外側へ向かう力は、ブラフマー(創造者)として知られています。

そして、外側のものを内側に引き寄せる力は、シヴァ(統合者)です。

瞑想によって、注意を内側深くに向かわせ、この究極の絶対者である、純粋意識と一体化させる力は、シヴァの働きと言われています。

ですから、古代より、ヨーギー(ヨガ行者)に圧倒的にシヴァ神が崇敬されているのです。

この遠心力と求心力のバランスを取りながらコントロールしているのが、維持者ヴィシュヌの働きで、それこそが愛のエネルギーだと思います。


ブラフマンとの合一が究極ではない

ただ、これまで数多の聖者、覚者たちが地上に誕生しましたが、完全なる神実現まで至った存在は少ないのではないか、と思います。

というのも、多くの覚者たちが言及する究極の状態が、この非顕現神、絶対「存在」であるブラフマン(大我)との合一で終わっているからです。

確かに、この宇宙、現象世界が、何百億年かかって、最終的に瓦解するとしたら、相対世界は意味のないもののように思われます。

どうして、いづれ消えてしまうものを獲得する必要があるのか、我々は永遠不滅のもののみを実現する必要があるのだと。


宇宙の分離と統合のサイクル300億年

バガヴァンが、ある方とのダルシャン(面談)でかつて以下のように語っていたことがあります。


「この大宇宙には、ブラフマン或いは全体性と呼ばれる完全なる源があり、その全体性が宇宙サイクルにより分離を始める。

つまり一つだったものが、固体、細胞、分子、原子、電子、素粒子などに分かれてゆく分離のプロセスがあり、それは、300億年のサイクルである。

その後、今度は分離されていたものが、やはり、300億年かけて統合されてゆく。つまり、一つ(ブラフマン)に成って行く。

宇宙はこのように、分離と統合を繰り返している。これが、ヒンドゥーの天文学であり、哲学である。」


維持者ヴィシュヌは、至高神

この分離させる力が、ブラフマー神の働きによるもので、統合させる力がシヴァ神によるものと言われています。

そして維持者として知られるヴィシュヌ神は、この分離と統合のプロセスをバランスを取りながら管理している存在なのではないか、思います。

つまり、この宇宙の創造、維持、破壊、全プロセスの管理者という意味で、ヴィシュヌ神こそ至高神と言えるかもしれません。

そして、その本質は何かというと無条件にして無限の「愛」です。

他者と自己を繋ぐものであり、他者を自己と分離した存在とは見做さない力(エネルギー)こそ愛なのではないか、と思います。

この宇宙の創造、維持、破壊(統合)のプロセスは、永遠に続きますが、それも「愛」の力によるものではないか。

ということで、神実現とは、絶対状態の「至福」とこの被造界の「愛」、両方の実現ということになります。

意識レベルが高くなるということは、私という感覚が希薄になってゆくことであり、他者と自己との区別がなくなってゆくことです。

ですから、そのような人々は、他人の苦しみを我がことのように感じるのです。

ワンネス・ガイドのダグ・ベンリー氏が、「シュリ・アンマバガヴァンは子供時代から苦しんできました。」というのは、そのような理由からです。


意識レベルの高低は、マインドの中味で分かる

苦しんでいる人々が、その苦しみから脱したいというは、自然なことです。

それと同様に、意識レベルの高い人々が、そのような人々に手を差し伸べることは自然なことなのです。

自分の意識レベルを知る為に、わざわざ覚者に尋ねる必要はありません。

意識レベルを測る基準は、いつも自分のことばかり考えているか、或いは苦しみの中にある人々のことを意識しているか等、マインドの内容を吟味すれば分かることです。

この記事の最初に書いたように、バガヴァンによると、神実現は、神の恩寵の結果もたらされるものです。

そして神の恩寵は、神が私達のことを見て気に入った時に、私達に注がれるもので、私達はバクティ(注:神への献身)と愛と委ねを通して、神にもっともっと喜んでもらえるようにしなければなりません、と。

現在、神が願っていることは、一人でも多くの人々が覚醒(アウェイクニング)してゆくことです。

それによって、自然とこの地上から苦しみが取り除かれてゆき、黄金時代の到来がスムースとなります。

その手伝いをすることが、神に喜んでもらえる行為だと思います。

その為に、現在自分の置かれた立場からバクティ・ヨーガなど出来る限りのことをすることが大切なのではないかと思っています。


目にするすべては自己以外の何ももでもない

自己は見るもの全てのなかにある

かくいう賢者は無から引き出す

悟りを得たものにとり 全存在はセルフに他ならない

いかなる苦しみであれ妄想であれ続きはしない

この一致を知るものにとっては

ウパニシャッド

YouTube 「George Harrison My Sweet Lord」


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第三次世界大戦勃発か?!軍事テロ国家米国と日本を心中させる安倍政権

第三次世界大戦勃発か?!世界最強軍事大国ロシアを怒らせた軍事テロ国家米国と日本を心中させる安倍政権

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シリア情勢が、大変緊迫しています。

去る8月21日、政府側と反政府側の対立により、内戦状態になっていたシリアにおいて化学兵器が使われ、多くの市民に死傷者が出ました。

米国、フランスなど欧米諸国は、シリア政府が化学兵器を使用したとして、その制裁の為にシリアに攻撃を加えるというのです。

しかし、現在国連の調査団が調査中ですが、シリア政府が化学兵器を使ったという確たる証拠は出ていないのです。

それもそのはずで、化学兵器を使ったのは、反政府側の可能性が極めて高いからです。

ネット上の記事からその辺が分かります。

(以下、転載開始)

●シリア反政府勢力:化学兵器攻撃は自分たちが行ったと認める
(ROCKWAY EXPRESS)
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化学兵器の犠牲となった人々 (ダマスカス郊外のゴウタ地区)8月21日
http://www.infowars.com/rebels-admit-responsibility-for-chemical-weapons-attack/
【8月30日 Paul Joseph Watson Infowars.com】

ダマスカス郊外のゴウタ地区にいるシリアの反政府グループはAP通信のデイル・ガヴラクに対して、先週の化学兵器事件の責任は自分たちにあると認めた。

この事件では欧米側がアサド政権の軍によるものとしているが、事件はサウジアラビアによって供給された化学兵器の操作を反政府グループの者たちが誤ったために起きた事故の結果であるという。

「ゴウタ地区の医者、住民、反政府側要員とその家族らとのインタビューから、多くの人々は、反政府グループの者たちがサウジアラビアの情報長官であるバンダル王子から化学兵器を受け取ったということと、その者たちによって致死性ガスによる攻撃が行われたと考えている」とガヴラクは書いた。

反政府グループの者たちはガヴラクに対して、彼らは化学兵器を取り扱うに際して充分な訓練は受けておらず、更にはそれが何かということを告げられてもいなかったと語った。

これらの兵器はアルカイダ系テロリストのジャバト・アル・ヌスラに渡されることになっていたようだ。

「我々はこれらの兵器にとても興味があった。そしてまずいことには、この兵器の扱い方を間違ったものがいて、爆発を引き起こしてしまったのだ」と、Jと名乗る一人の要員がガヴラクに語った。

彼の話は別のYという女性要員の話と似ていいる:「彼らはこれらの兵器が何か、どう扱うかなど語らなかった。我々はそれが化学兵器だとは知らなかった。我々はそれがまさか化学兵器だとは思わなかった」

反政府グループ要員の父親でアブ・アブデル・モネイムという者がガヴラクに対して、「息子は二週間前に来て、運ぶように言われている兵器について、それがなんだと思うかと言っていた」と語り、それが「管のような形をしている」と語ったが、他の者たちは「大きなガスボンベみたい」だと言っていた。

この父親はサウジアラビアの戦士でアブ・アイェシャという者が兵器を供給した、と言っている。

アブデル・モネイムによれば、この兵器はトンネルの中で爆発し12人の反政府勢力の者たちが犠牲になったという。

インタビューした12名以上の反政府戦士らは、彼らの給料はサウジ政府から来ていると言っていた」とガヴラクは書いている。

この内容が正しければ、アメリカのシリア攻撃への動きと完全に矛盾することになるだろう。

デイル・ガヴラクの信頼性は非常なものだ。彼はAP通信の中東特派員を20年間やってきており、その他にも、NPRの仕事をし、さらにBBCニュースに記事も書いている。

この話が最初に掲載されたウェブサイトである Mint Press(現在はこの記事のため膨大なアクセスがあり、その結果ダウンしている)は、ミネソタ州のキチッとしたメディアである。

ミネソタ・ポスト紙が昨年このグループを紹介した。

サウジアラビアが反政府グループに化学兵器を供給しているという話は、サウジがシリアのアサド大統領への支持をやめなければ、来年のソチでの冬季オリンピックにテロ攻撃を仕掛けるとロシアを脅したことを考えれば、驚くべき話ではない。

オバマ政権は今日、アサドの政府軍がこの化学兵器攻撃の背後にいる、ということを証明するため、情報活動で得た内容を明らかにすることになっている。

アメリカの高官らは、ニューヨーク・タイムズ紙に、アサド大統領とこの攻撃とを直接結び付ける「決定的証拠」はない、と言っているにもかかわらずだ。

アメリカの情報関連高官らは、AP通信に対して、アサドの犯罪行為を証明するという情報は「決定打」にはならない内容のものだ、と語った。

今週初めに我々が報じたように、盗聴された情報はシリアの国防省が、シリア化学兵器攻撃の数時間後に、問い合わせする電話を何度もかけてパニック状態であったということが示されているが、それはアサド大統領が命令したものではなかった、ということを示唆しているものだ。

(以上、転載終わり)

今回の化学兵器使用の背後に、サウジアラビアがいることが、この記事から分かります。また反政府活動を行っているのが、サウジに雇われた人々であることも。

この記事の中に、「サウジがシリアのアサド大統領への支持をやめなければ、来年のソチでの冬季オリンピックにテロ攻撃を仕掛けるとロシアを脅した」という記述が見られます。

その辺やはり以下の記事にくわしいので、全文を読んで頂きたいのですが、本題に当たる後半部分を転載させて頂きます。

(以下転載開始)

●プーチン大統領:欧米がシリアを攻撃すれば、サウジを攻撃する?
(ROCKWAY EXPRESS)
http://english.farsnews.com/newstext.aspx?nn=13920606001493
【8月28日 FNA】

昨日プーチン大統領府よりロシア連邦軍に対して発せられたある「緊急行動メモランダム」は、欧米がシリアを攻撃した際には、サウジアラビアに対する大規模攻撃を実施する命令内容となっている、とメディアが報じた。

「この特別な『戦闘指令』について詳しいクレムリンの情報筋によれば、プーチンは8月始めのサウジアラビアのバンダル王子との会合後、怒りをあらわにしたという。

このバンダル王子は、もしもロシアがシリアが敗北することを受け入れないのならば、サウジアラビアは2014年2月7日から23日まで予定されているロシアのソチの冬季オリンピック期間中に、自分達が仕切っているチェチェンのテロリストを差し向けて大量虐殺と混乱を惹き起こすと警告した」、とwhatdoesitmean.comからの記事を引用してEUタイムズ紙が報じた。

レバノンの日刊紙アス・サフィール紙は、バンダル王子はもしもアサド政権が転覆されるのならば、シリアにあるロシアの海軍基地を保護すると誓約したが、「来年の冬季オリンピックは守られるとあなたに保証する。

冬季オリンピックの安全保障を脅かすこのチェチェンのグループは我々が仕切っているのだ」と語ることで、受け入れなければロシアのソチでの冬季オリンピックに対するチェチェンのテロリストによる攻撃があることを示唆したと、この驚くべきロシアに対する脅迫があったことを確認した。
 
バンダル王子は更に、シリアで行動しているチェチェン人たちは圧力を掛ける道具であり、いつでもオン・オフできる者たちだと語った。

「これらのグループは我々を脅す事は無い。我々は彼らをシリア政権に対して投入しているが、彼らはシリアの政治的分野にはなんらの役割も持たないだろう」と語った。

イギリスのテレグラフ紙は本日、サウジアラビアが秘密裏にロシアに対して、ロシアがアサド政権に対する支援を止めるという条件で、世界の石油市場を共に支配し、ロシアのガス契約を保護する全面的な方法を提示したと報じた。

この提案に対し、プーチンは、「我々のシリアのアサドに対するスタンスには決して変更はないだろう。

我々はシリア政権はシリア国民の声を最も良く反映しているものであり、肝臓を食う者たちの声ではないと考えている

(ここでプーチンは反政府テロリスト達がシリア兵士の心臓や肝臓を食っている写真のことを語っている)と応えたので、バンダル王子は、もしもロシアがオリーブの枝(平和的解決)を拒否すれば、「軍事的選択肢を逃れることはできない」と警告した、と報じた。

指摘されるべきは、whatdoesitmean.comサイトで2013年1月28日の記事「オバマの第三次世界大戦計画にロシアは驚愕す」で報じられたように、ロシアの連邦保安庁(FSB)は、イギリスの防衛会社のブリタム・ディフェンスの電子メールの信憑性を確認した、ということだ。

その内容は、オバマ政権がシリアとイランに対する連続的な攻撃を計画しているという驚くべきもので、そのような事態となれば、第三次世界大戦を惹き起こしかねないとロシアの情報機関の専門家らが警告したというものである。

このFSBの報告によれば、ブリタム・ディフェンスとは、世界で最大級の民間傭兵軍隊の一つで、今年の冬、「国籍不明国がスポンサーを務めている存在」によってそのコンピューター上のファイルが大規模なハッキングの標的となった会社であり、

その存在によって、重大な内容を含む二人の最高重役である、創設者のフィリップ・ダフティーと開発部長のデイビッド・グルディングの間でやり取りされた電子メールが暴露されたことがあった。

この二人の間の電子メールで重要な内容は、この報告では、オバマ政権はシリアで化学兵器を使用する「偽旗作戦(自作自演作戦)」に承認を与えたということと、ブリタムはイランに対する欧米の戦争に参加することを認めた、というものだ。

以下がその電子メールの内容である。

電子メール1:フィリップ、我々はオファーを受け取りました。またシリアに関するものです。

カタールが魅力的なやり方を提案して、このアイデアはアメリカによって承認されたと誓約しています。

我々がCW(化学兵器)を提供することになってます。

これはソ連のガス弾でリビヤにあったものでシリアにも似たものがあるはずです。

彼らは我々にウクライナ人の人員を使うことを願っています。ロシア語を話す連中です。またビデオ撮影もやって欲しいということです。

はっきり言っていいアイデアとは思いませんが、このための支払い金は大金です。あなたのお考えはどうでしょうか? よろしく、デイビッド


電子メール2:フィリップ、添付された詳細なイランに関する準備予測を見てください。

この作戦にブリタムが参加することは、サウジアラビアによって確認されています。


シリア情勢がコントロールできなくなりつつある中、ロンドンのインデペンデンツ紙は、バンダル王子が「戦争を推し進めている」と報じ、ロシアの外務省スポークスマンのアレクサンドル・ルカシェビッチは更に、欧米に対して本日、

「この地域に対する軍事介入のための根拠の無い、作為的な正当性を作り出すため、国連安保理を迂回するやり方は、シリアに新たな苦悩をもたらすものであり、その他の中東・北アフリカ諸国に災厄的な結果をもたらすことになる」と警告した。

ロシアの警告を無視し、イギリスのキャメロン首相は今朝、イギリス議会に対して、シリア攻撃に賛成するよう要請し、オバマ政権はシリアの和平への道を探る為の明日のロシアとの会合を突然キャンセルした。

そして欧米は数日中にシリア攻撃計画を策定する準備を始めた。

シリアは、もしも欧米から攻撃されれば、世界的な混乱になる、と警告したように、欧米の諸国民は、2013年5月17日、プーチンがロシア軍に対して、アメリカないしはEUがシリア内戦に介入すれば、直ちに局地戦から地域戦へとその戦域を拡大させ、大規模戦に拡大できるよう「準備完了」するよう命令を発した、という事実を知らされていない。

このプーチンの命令で、またwhatdoesitmean.com.が5月17日の「ロシアはシリア問題で『全面戦争』警報を発した」、で報じているように、更にはこのサウジアラビアに対する大規模報復攻撃を命令したというニュースと一緒に考えれば、シリアに対するいかなる攻撃も、ロシアから見れば、自国が攻撃されたと見ていることが分かる。

そしてwhatdoesitmean.comが以前説明したように、シリアに対する戦いはサウジアラビアとカタールと彼らの欧米同盟国によって進められているが、その狙いは一つである:

シリアを通過するパイプラインで完成するロシアが抑えているヨーロッパ連合の天然ガス市場を打破することであり、以下のようにロンドンのフィナンシャル・タイムズ紙の6月の記事が報じた内容がある:

「小さいがガスが豊富にあるカタールは過去2年間で30億ドルをシリアの反政府勢力のために支出した。

これは他の国家をはるかにしのぐ額であるが、いまやサウジが反政府勢力に武器を供給する面では最大の支援国家になりカタールを越えた。

カタールの介入のコストは、その国際的投資ポートフォリオのわずかな部分である。

しかし醜い内戦へと変化したその革命に対する金融的支援は、反政府勢力に対する欧米諸国の支援を小さくみせるほどになった。

カタールもまたペルシャ湾からトルコへのガス・パイプラインを提案してきたのは、カタールは液化天然ガス生産能力を倍増する野心的計画を達成した後に、世界最大のガス田からの輸出を更に拡大する事を狙っていることを示している」

シリアから世界大戦が始まる予想を越える原因は、ロシアの外務省スポークスマンであるアレクサンドル・ルカシェビッチにより指摘されたことで、先週彼は、「この犯罪的行為は挑発的なものであるという新しい証拠を掴んでいる」と語ったことだ。

「とりわけ、インターネット上を駆け巡っている情報がある。この事件の資料と政府軍への糾弾が、いわゆる攻撃の何時間も前に掲載された。つまりこれは、前もって準備されていた行動だったわけだ」と彼は語った。

もう一つの「偽旗」攻撃を行うことで、戦争を正当化しようとして、化学兵器による攻撃のビデオを現実にそれが起きた丸一日前に掲載した欧米は、どれほど傲慢で侮辱的であろうか。しかし欧米の夢遊病患者の市民は、過去に何度もあったように騙されるのであろう。


以上がROCKWAY EXPRESS「●プーチン大統領:欧米がシリアを攻撃すれば、サウジを攻撃する?」の後半部分の元ネタの海外記事Putin Orders Massive Strike Against Saudi Arabia If West Attacks Syriaの翻訳記事ですが、注目すべき記述がいくつもあります。

要約すると―

★オバマ政権がシリアとイランに対する連続的な攻撃を計画している。そのような事態となれば、第三次世界大戦を惹き起こしかねないとロシアの情報機関の専門家らが警告した。

★オバマ政権はシリアで化学兵器を使用する「偽旗作戦(自作自演作戦)」に承認を与えた。

★ブリタム・ディフェンス(世界で最大級の民間傭兵軍隊の一つ)が、化学兵器を供給し、ロシア語を話すウクライナ人を使って事を起こし、それをビデオで撮影し、シリア、イランに対する欧米の戦争に参加することを認めた。

★2013年5月17日、プーチンがロシア軍に対して、アメリカないしはEUがシリア内戦に介入すれば、直ちに局地戦から地域戦へとその戦域を拡大させ、大規模戦に拡大できるよう「準備完了」するよう命令を発した。

★サウジアラビアに対する大規模報復攻撃を命令したというニュースと一緒に考えれば、シリアに対するいかなる攻撃も、ロシアから見れば、自国が攻撃されたと見ていることが分かる。

★シリアに対する戦いはサウジアラビアとカタールと彼らの欧米同盟国によって進められているが、その狙いは、シリアを通過するパイプラインで完成するロシアが抑えているヨーロッパ連合の天然ガス市場を打破することである。

★サウジが反政府勢力に武器を供給する面では最大の支援国家になりカタールを越えた。

★カタールの金融的支援は、反政府勢力に対する欧米諸国の支援を小さくみせるほどになった。

★カタールもまたペルシャ湾からトルコへのガス・パイプラインを提案してきたのは、カタールは液化天然ガス生産能力を倍増する野心的計画を達成した後に、世界最大のガス田からの輸出を更に拡大する事を狙っていることを示している

★ロシアの外務省スポークスマン:

インターネット情報から、この事件の資料と政府軍への糾弾が、いわゆる攻撃の何時間も前に掲載され、これは、前もって準備されていた行動である。

もう一つの「偽旗」攻撃を行うことで、戦争を正当化しようとして、化学兵器による攻撃のビデオを現実にそれが起きた丸一日前に掲載した欧米は、どれほど傲慢で侮辱的であろうか。

しかし欧米の夢遊病患者の市民は、過去に何度もあったように騙されるのであろう。

以上が、この記事の重要ポイントです。

シリア政府を潰したい周辺国のカタールやサウジ、また米国、フランス、英国などの思惑があって、彼らがシリア内の反政府系の人々や周辺国の人々を使って内戦を仕掛けて行ったようです。

そして、欧米諸国の介入の口実作りの為に、化学兵器による攻撃事件を引き起こしたと、ロシア政府にも完全にばれてしまっていることが分かります。
 
カタールやサウジ、また米国、フランス、英国などの思惑の背景に、やはり天然ガスなどの利権が絡んでいることが分かりましたが、イスラエルが占領しているシリア領にある石油資源の利権も絡んでいるようです。

その辺、やはりROCKWAY EXPRESSの以下の記事に詳しいので転載させて頂きます。

やはり、前文の管理人の文章から読んで頂きたいのですが、長くなるので後半部分の本題の記事から転載させて頂きます。

(転載開始)

マードックとロスチャイルド:占領されたシリア領内で石油採掘
(ROCKWAY EXPRESS)
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自分の利権のためにシリアへの攻撃を煽るマードックの新聞
http://therebel.org/bollyn/686198-rupert-murdoch-and-lord-rothschild-the-oil-barons-of-occupied-syria
【9月2日 The Rebel】

何百万人ものアメリカ人はフォックス・ニュース、ウォール・ストリート・ジャーナル、その他のルパート・マードックが所有しているメディアから情報を得ている。

フォックス・ニュースとマードックが所有するメディアは大体においてアメリカのシリア攻撃を支援しているが、彼らは読者にマードックがシリアとの戦争に利権を持っていることは伝えない。

ルパート・マードックはイスラエル人とアメリカ人の会社の共同所有者なのだ。

この会社はシリア領でイスラエルが占領しているゴラン高原の石油採掘権が与えられている会社だ。

フォックス・ニュースがこの情報を開示しないのは高度に非倫理的である。

イスラエルはシリア領だがイスラエルが占領しているゴラン高原での石油採掘権を、ジェニ・エナジーに与えた。

ルパート・マードックとジェイコブ・ロスチャイルド卿は、このジェニ・エナジーの大株主である。

このジェニ・エナジーはアメリカのシェール・ガスに利権を持っているし、イスラエルのシェール・オイルにたいしても同様である。ディック・チェイニーもまたこの会社の顧問である。

国際法ではクレイグ・ムレイが2013年2月に、「イスラエルはシリア領の石油採掘権をマードックとロスチャイルドに与えた」の記事の中に書いたように、イスラエルが占領地の石油採掘権を与えることは違法行為となる。

「イスラエルにとって、占領地のゴラン高原の資源の採取をしようということは国際法では完全に違法行為である。

日本は第二次世界大戦時、シンガポールの石油資源の採取に対して国際司法裁判所を通してシンガポールから訴えられた事があった。

議論は国際法の中でなされ、占領国は以前主権国によって操作され機能していた油田を使用することは構わないが、占領国が新しい井戸を掘ることは違法である、とされた」

ジェイコブ・ロスチャイルドとルパート・マードックが占領されたシリア領内で、石油採掘に投資している事実は、彼らが1990年にユーゴスラビアが分解されたやり方と非常に似たやり方で、シリアを弱体化し、分割するためにアサド政府を倒すことを支援していることを示している。

(以上、転載終わり)

やはり、ロスチャイルドらワンワールド・グループ或いは新世界秩序(NWO)、或いは、闇の世界政府と呼ばれる暗黒思想集団(この暗黒集団について、「打ってはいけない!子宮頸がんワクチンで不妊症」をご参照ください)は、が背後にいることが分かります。彼らでなければ、このような不正で理不尽、非道なことはできません。

ところで、新聞等マスコミを通して伝わってくる情報では、シリア政府が民衆を弾圧した結果、市民が反旗を翻して、内戦状態になっているように伝えられていますが、本当でしょうか?

この点、以下の記事が詳しいので転載させて頂きます。

(以下、転載開始)

シリアの民衆弾圧ってホント?シリア報道のウソ
(nueq lab)

リビアの次はシリア。

カダフィー・プーチン・金正日 」でもお伝えしたように、アメリカはオバマ大統領主導の下、 FaceBook、Google、Twitter などのネット会社とアラブのターゲット国の民主化リーダーたちの会合を2010年8月に開催し、アラブの地図塗り替え工作を着々と推し進めています。

チュニジア・エジプトでは、FaceBook、Google、Twitter などで民衆を煽って転覆させ、リビアでは旧王党派に資金・武器弾薬を供給するもカダフィー政府軍に歯がたたないと見るや、フランス・イギリスを中心とするNATO軍の空爆・外人部隊で転覆、今回のシリアでは、自由シリア軍への資金・武器弾薬供給でリビア同様の内戦状態に陥りつつあります。

リビアの時と同様、今回もまたアルジャジーラをも含む世界中のメディアを駆使して「 民衆を弾圧するアサド(カダフィー)」のイメージを世界中の人々に印象づけていますが、この件について、増田俊男さんがご自身の体験を書いています。

* * * * * * *

私はイランやシリアばかりかサウジアラビアまで含めた産油国に民主運動家を送り込む国際組織の会合に2度ほど参加したことがあります。

勿論、会合の名前と目的は「安全と世界平和」です。昨年の2月エジプトの暴動で旗を振っている民主運動戦士の映像が米系テレビに流れていたのを見て驚きました。

なんと5年前の会合で会った戦士だったからです。

実はシリアで民衆のフラストレーションを利用して反政府運動に駆り立てているのはこうした民主運動戦士なのです。

シリアで子供や老人が殺される悲惨な映像を何度も何度も米系テレビが流すのを見ていると、以前何度も何度も流されたある映像を思い出します。

かつてのイラクの大統領サダム・フセインは隣国クエートが、油田が地下でつながっていることをいいことにイラク領の原油を奪っているのを止めるように抗議したところクエートが一切聞く耳を持たなかったので軍事行動を起こしたことがありました。

アメリカはイラク攻撃の口実を見つけたとばかりに即座にイラクの対クエート侵略戦争だと宣言、国連安全保障理事会に対イラク軍事制裁決議をはかったのですがロシア等の反対で否決されました。

米系テレビはイラク兵士が赤ん坊を殺害している映像と目撃していた少女が泣きながら証言する模様を繰り返し、繰り返し流しました。

ナイラという15歳のクウェート人少女が米国議会下院 公聴会でクウェートの産婦人科病院で目撃した300人以上の乳児虐殺事件を涙ながらに証言
http://www.h2.dion.ne.jp/~mogiseka/article/070624PRwar.html

結果、世界中の非難がイラクに向けられアメリカは堂々とイラク攻撃を果たしたのです。

後に少女はクエ―トの駐米大使の娘さんと分かり(しかもクェートには行ったこともない)、また彼女は、映像はアメリカの広告会社のスタジオで録画したものであることを告白しました。

増田俊男の「 愉快な暴言 」2012年2月8日

* * * * * * *

リビア・シリアでもこの時と全く同じ手法が採られています。

つまり、リビアやシリアはこんなにひどい独裁者の国なんだ。ということを世界中のメディアを駆使して世界中の人々に印象づけているのです。

・ 湾岸戦争の時のオイルまみれの鳥とクェート大使の娘のヤラセ

・ イラク戦争の大量殺戮兵器情報の捏造
 
・ リビア:カダフィー大佐による民衆弾圧の嘘 (「 カダフィー・プーチン・金正日 」参照) 

いつも手口は同じです。

そして次なるターゲットがシリア。

アサド大統領がシリアの民衆を弾圧しているとの報道に関して、田中宇さんが、次のようにレポートしています。

シリア情勢について米欧日マスコミは、エジプト型の市民の反政府デモを、アサド政権の軍隊が弾圧して死者が出ているという論調で報じている。
 
だが実際は、カタールやサウジアラビア、トルコ、欧米によって支援されて武装したイスラム主義の民兵団(渡辺注:多くがシリア人ではなく、周辺国などの外国人、お金で雇われているものと思います)が、各所でシリア軍と戦闘しており、事態は「民主化弾圧」でなく「内戦」だ。

米諜報機関系の分析サイトであるストラトフォーによると、シリアの反政府ゲリラ(Free Syrian Army)は、レバノンから武器などの物資を搬入している。

カタールの機関が昨年末に行ったネット上の世論調査によると、アラブ全体の1012人の回答者の81%がアサド大統領は辞めるべきだと答え、シリアの回答者は97人で、そのうち55%がアサド続投を支持し、45%が辞任すべきと答えた。

カタールに本部があるのが、湾岸戦争で一躍有名になった衛星TVアルジャジーラ。

アルジャジーラのオーナーはカタール首長で、アラブ連盟がシリア非難決議や平和維持軍派遣決議を繰り返しているが、カタールはサウジアラビアを凌ぐシリア非難の急先鋒となっていますが、そのカタールの機関の世論調査です。

アラブ連盟は、昨年末から1カ月間、シリアに160人の調査団を派遣し、シリア軍が市民を弾圧していないかどうか調査し、報告書を作った。
 
これは最も本格的なシリア情勢の報告書である。
 
それによると、シリアでは政府支持と反政府の両方のデモが行われ、双方のデモの参加者が衝突して小競り合いになることがあったものの、政府軍がデモを弾圧していることを確認できなかった。
 
半面、反政府ゲリラがシリア兵を殺害しているとか、反政府ゲリラが市街地に拠点を持っているシリア中部の都市ホムスでは、ゲリラが検問所を作って町に搬入される途中の食料を止めており、食糧不足になっていると書いている。

調査団には、アラブ連盟を代表して、アルジェリア、エジプト、オマーン、カタール、スーダンの5カ国が要員を送り込み、4カ国が報告書の内容を支持したが、カタールだけは内容に反対した。
 
シリアの反政府ゲリラを強く支援し、アサド政権の転覆を狙うカタールは「シリア軍が市民のデモを弾圧していることが確認できなかった」とする報告書の内容を認めるわけにいかなかった。
 
欧米マスコミが報じるような「シリア軍が市民のデモを弾圧していた」という内容である必要があった。
 
カタールは、ちょうど輪番制のアラブ連盟の議長国であり、報告書の英訳を禁じたり、アラブ連盟のウェブサイトへの掲載を阻止したりして、報告書が広報されることを防いだ。

(渡辺:以下、田中 宇 氏「 シリアの内戦 」2012年2月9日の文章は続くのですが、長くなるので省略。以上、シリアの民衆弾圧ってホント?シリア報道のウソより転載終わり)

今回は転載記事が多くなり長くなってしまった為、タイトルのロシアが世界最強などについていずれ書きたいと思っています。

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2015年5月22日関東大震災の予言の現実味

2015年5月22日関東大震災の予言の現実味

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緊迫するシリア情勢から「第三次世界大戦勃発か?!世界最強軍事大国ロシアを怒らせた軍事テロ国家米国と日本を心中させる安倍政権」というタイトルで記事を書こうと思っていた矢先、これに関連して、最新号の「週刊ポスト」に興味深い記事があったので、先ずそれからご紹介したいと思います。

記事のタイトルは「海老蔵も心酔する‘百発百中‘2丁目ママが予言『2015年5月22日、関東大震災が来るわよ』」。

内容を要約すると、現在は渋谷に店を構えるゲイバーのママの手かざし占いが、百発百中と業界で囁かれていて、そのママが、2015年5月22日、関東大震災が来る、と予言しているというものです。

そのママの出自は、箱根の神社の家系の出で、父親は霊媒師で、母親はイタコだそうです。

タイトルにあるように、市川海老蔵も父親市川団十郎の死後、今後の見の振り方を占ってもらったそうで、長澤まさみなど結構有名人が足繁く通っているようで、何ヶ月待ちだとのこと。

そのママが、2015年5月末に関東大震災が起きると言っているというのです。

震源は、千葉県の外房沖で、津波の被害も大きいそうで、埼玉の川口あたりまで水没する、と取材した記者に語っています。

また尖閣諸島の問題で中国が攻めてきて日中戦争になり九州は全滅。それは早くて来年の春くらい、と語っていたそうです。
 
現在の中東情勢を分析して行くと、週刊誌ネタの与太話と片付けられない大変現実味のある話です。

このまま現在の安倍内閣やマスコミの対中国強硬姿勢で行ったならば、この記事のようになってしまうかもしれません。

バガヴァンが言うように、相手(中国)の身になって、人間関係(ここでは対中国、対北朝鮮、対韓国)を改善して行く努力をしなくてはいけません。

この辺に関して、また詳しく書きたいと思います。

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カルキの奇跡「自殺した娘との再会」

インドでは、ヴィシュヌ神が、肉体をもって10回この地上に現れるという言い伝えがあり、聖典にも書かれています。

そのように、神が肉体をもった存在をアヴァター(神の化身)と言いますが、その8番目のアヴァターとして有名なのが叙事詩「マハーバーラタ」の主人公クリシュナ尊。

クリシュナ

また叙事詩「ラーマーヤナ」の主人公ラーマ王も7番目のアヴァターとしてインドでは、よく知られています。

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しかし、日本人にとって、もっとも馴染み深い存在といえば、仏陀です。仏陀は、9番目のアヴァター。

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そして、10番目、最後の化身がカルキです。

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カルキとは、カリ(暗黒)を破壊するもの、という意味です。

「暗黒時代(カリユガ)の終わりに、世に不正がはびこり、野蛮な人々が民衆を苦しめる。その時、ヴィシュヌは正法(ダルマ)を救う為に白馬に乗った10番目のアヴァター、カルキとして現れる」と言われています。

実際、現在は、マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーもかつて言っていたように、暗黒時代(カリユガ)の終わりです。

そのマハリシも、30年以上前に、近い将来のカルキの出現を予言していました。(この辺は、当ブログでも何回か書いています。その予言がきっかけで、バガヴァンの下を訪ねたという経緯があります。)

インドでは、自称、他称、カルキと言われる人は何人かいるそうです。

フォロワーの人々の何人かが、バガヴァンが白馬に乗っているヴィジョンを観たり、バガヴァンに関する奇跡的な体験を多くの人々がするようになったこともあって、シュリ・バガヴァンは自然にカルキと呼ばれるようになりました。

バガヴァンを日本に初めて紹介した大矢浩史さんの書いた「神の誘い」の中には、大矢さんがインドで取材した奇跡体験談が数多く掲載されています。

肉体を持ったバガヴァンが、インドのあちこちに現れて、病気や貧困で困っている人々を救った、という話がたくさん紹介されています。

日本ではそのような体験談も時々耳にしますが、インドに比較すれば圧倒的に数は少ないと思います。

もっとも、フォロワーの数も数十万人、数百万人と言われるインドと比較して、まだ数千人程度ですから、それも仕方のないことですが。

私が、バガヴァンに出会ったのが、2000年春で、その年の12月にバガヴァンの下を訪ねています。

訪ねた理由は、バガヴァンが本物かどうか確かめる為。

ところが、実際バガヴァンと直接会った後も、バガヴァンに対する疑念は拭えず、その後、2004年11月に出版されたバガヴァンが直接語った著書「ワンネスVol.1」に接して、これは本物だ、とバガヴァンに出会ってから4年半経ってやっと確信した次第です。

そのような訳で、まだバガヴァンに対する疑念を持っていた2001年の夏頃、凄い体験をした人が岡山にいる、と聞いてその方に早速会いに行ったことがあります。

当時、岡山大学で教鞭を執っていて、TM瞑想の古くからの実践者で、1979年頃から私もよく知る松田先生のところに来られた方だということで、松田先生と一緒にお会いして、話を伺いました。

その時に聞いた内容に関しては、これからご紹介するご本人が、以前に出版された本「黄金時代の光」(大矢浩史著、出帆新社刊)に寄稿した文章から、当記事の下の方に転載させて頂いたものとほぼ同じです。

その時の印象としては、ご本人はとても吹っ切れた感じで、1年前に娘さんが、自殺したとは思えないほど明るい感じだったのを昨日のようによく憶えています。

日本では、毎年、3万人近くの人々が自殺していると言われています。

それとは別に、毎年、死因が不明の不審死が15万位いるそうです。

欧米では不審死の半分を自殺にカウントするそうで、その基準を採用すると、毎年10万人近くが自殺していることになります。

身近な人の自殺は、遺族にとって非常につらい経験です。

この岡山の方のような体験は、誰にでも起こるような体験ではありませんが、誰でもが、ご自身のディヴァイン(神聖なる存在)に真摯に祈れば、きっと何らかの形でその祈りにディヴァインが応えてくれ、苦しみを和らげてくれるはずです。

ということで、以下の体験談を参考にして頂ければと思います。


(本には、ご本人の実名で掲載されているのですが、ここでは、匿名で紹介させて頂きます。)


「絶望の淵から」

岡山市在住 O・Mさん

2000年9月16日、一人娘が自らの命を絶ちました。27歳でした。

娘の死を認めることなんて、できるわけありません。

すぐに娘が戻ってくるものと、信じて疑いませんでした。

四十九日の法要が終わりました。・・・・娘は戻ってきません。

主(あるじ)を無くした部屋で一人、片づけを始めました。

思い出のいっぱい詰まった洋服、靴、アクセサリーを一つ一つ手にとっては語りかけ、涙を落としました。
 
こんな自分の気持ちを整理しようと、それらの品々を、娘と親しくしてくれた方々にお渡しすることにしました。

ですが、傷つき痛んだ心が、そんな簡単に整理できるわけがありません。 

気がつくと、心の中で娘に呼びかけています。

「祐子ちゃん、どうしてママに呼びかけてくれないの? 寂しくないの? 辛くないの?」
 
こうやって毎日毎日、娘に語りかけていました。しかし、娘と会うことはできません。
 
そんな私にたくさんの方々が、いろいろと助言を下さいます。

「自殺をした者は、暗く冷たい所にいるのだから、こういうふうにお祈りしなさい・・・・」とか、

「早く元気を出さないと、娘さんが良い世界に行けないよ・・・・」などと。

そんな助言を聞いて、私は逆に胸が張り裂けそうになります。心の傷がより広がる思いです。
 
私の心は、こう叫んでいます。

「あなたの助言は、私の慰めでも何でもない!」

「娘を亡くした親の気持ちをあなたは分かりますか?」と。

悲しみに染まったこの心は、行き場を失ってしまいます。事実、深くふかく閉ざされるばかりでした。

そんな私を気づかい、遠くに住む義姉がたびたび電話をくれました。

「央子さん、もう頑張らなくていいのよ。
 
自分の好きなように自由に過ごしたらいいのよ・・・・」
 
その一言で、どれだけ心が安らいだでしょうか。

毎日毎日娘に手を合わせては涙を流し、写真を見れば嗚咽でむせび、どうしたら娘の所に行くことができるのか・・・・、夢でもいいからもう一度娘を抱きしめたい・・・・。

暗く閉ざされた私の心は、完全に行き場を失っていました。

こんな辛い日々が続きました。一人で外出することさえできないまま、六ヶ月が過ぎました。
 
そんなある日(2001年3月29日)、義姉から電話をもらいました。

「心配事や悩み事を聞いて下さる先生が、岡山の大学にいらっしゃるわよ。よかったら時間をいただいて訪ねて行ってみたら。きっと気持ちが楽になるはずよ」

というアドバイスでしたが、その助言にすぐに従うだけの余力は、残っていませんでした。
 
4月3日。その日は、朝からずっと泣きどおしで、目が腫れるほどでした。
 
午後4時頃だったと思います。最後に意を決して、その先生にお電話をしました。

その声はとても優しく安心しました。そして、先生と翌日午後1時にお会いする約束を交わしました。
 
義姉が、前もってカルキの著書を送ってくれていました。読んでいくうちに、明日、先生にお会いするのに、お祈りすれば絶対一人で外出できると確信できました。
 
翌朝、起きてすぐ、
「カルキ様、一人で外出できますように。先生にお会いすることができますように」
と、心の中で手を合わせました。
 
どうしたことか、私は一人で先生の教室の前まで来ていました。一人で外出したのは六ヵ月ぶりのことでした。

これもカルキ様が連れてきて下さったのだと確信し、自然と手を合わせていました。
 
先生とお会いしたとき、何も隠す必要はない、全部お話をしたらきっと心が落ち着くと思えました。

そして、すべてを正直にうち明けました。
 
最後に、先生が私の頭に手を置きながら、何かお祈りを始められたときです。
 
鼻から頭にかけて溜まっていた塊のようなものが、頭からスーッと抜けていくのを感じました。

何ヶ月かぶりに頭が軽くなり、すっきりした気分です。
 
そして、4月7日に先生のご自宅に伺う約束をして、別れました。
 
カルキのことが少し理解できた私は、その夜早速、カルキを試しました。

「カルキ様、娘が現在どのような状態でいるのか、どうか私に見せて下さい」とお願いをして、午前1時頃床につきました。

しばらくして目が覚めました。暗闇の中に人影が映りました。

よく見ると、娘が誰かに抱きかかえられています。
 
そして娘が、その人の肩越しから私の方に視線を向け「ママ、どう?」と言っているように、いたずらっぼく微笑んでいました。
 
私は、目をしっかり開けました。確かに娘がカルキに抱いていただいていました。

今度は、目を閉じてみました。それでもその映像が鮮明に見えるのです。娘のいたずらっぼく微笑む笑顔が。
 
六ヶ月もの間、傷つき閉ざされた心が、その瞬間、パーッと溶けていきました。

愛する娘の微笑む姿で私の心はようやく安心感を覚えたのです。
 
これが夢だとは思えません。なぜなら、飼い犬が部屋の中を歩いている音、主人の寝息がちゃんと聞こえていたのですから。
 
先生から「4月7日までに、きっと何かがありますよ」と、いただいていたのを思い出しました。
 
時計に目をやると、午前3時でした。私はすぐに起き上がり、カルキの奇跡に改めて感謝を捧げ、心からお礼を伝えました。

奇跡はそればかりではありません。
 
4月6日の夜のことでした。何気なく財布を開けてみるとお金が多くなっています。

計算してみると2万円多いのです。私は心の中でカルキに問い掛けました。

「この2万円は何なのでしょう?」
 
よく考えると、人のために使ったお金が18900円だったのです。

「カルキ様、ありがとうございます。いただいておきます」
 
感謝の気持ちが自然と湧いてきました。

 サットサンガ(注…サットとは清らかさ、サンガとは集いの意味。ここでは「カルキダルマの説明会や集い」を指す)に参加し体験を話すと、先生から「体験談を書いて下さい」と依頼されました。

私は「はい、分かりました」と快く承りました。

その帰り、バスの中での出来事です。体験談を簡単に受けてしまったものの、私に書けるのかしら・・・・と思ったときでした。

私の心の中で、娘が、「さっさと書きなさいよ! カッコつけなくていいんだから」と、お茶目な声で語りかけるのです。

耳を疑いましたが、まぎれもなく娘の声でした。

こんなふうにたった四日間の間に、いろいろな体験をさせていただきました。

閉ざされた私の心に明るい光を与えていただき、神の存在を十分に体験させていただきました。

主カルキにお導き下さった先生、義姉に感謝の気持ちで一杯です。

これからは感じたこと、心に思い描かれたこと、それを信じ、主カルキのお言葉だと信じて日々の生活を送りたいと思います。自分自身、それが一番楽なことですから。

私の最愛なる娘 祐子へ 

27年間、楽しい思い出をいっぱいつくってくれてありがとう。

私の娘でいてくれてありがとう。
 
あなたを娘に持てて、私は誇りに思います。

(以上、「黄金時代の光」(大矢浩史著、出帆新社刊)より転載)


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地球危機はこれからが本番?!バガヴァン他メッセージ

バガヴァン、G・ボーネルほか最新メッセージ

バガヴァンからの重要なメッセージ

今年になって、いくつかワンネス関連で重要な情報が入ってきていますので、それについて書きたいと思います。

先ず、私の古くからの友人で、このワンネス・ムーブメントにおいて、インドと日本の繋ぎ役のようになっている高橋恵美さんが、最近インドから帰ってきて、バガヴァンのメッセージ等をディクシャ・ギヴァー向けのメーリングリストで紹介していました。

また、ワンネスガイドであるダグ・ベンリー氏とのワンネスコミュニティー向けの電話会議の内容の大雑把なメモをやはり、私の古くからの友人である佐藤裕美さんと恵美さんが共同で翻訳して紹介していましたので、それも載せさせて頂きます。

最後の方で、これらメッセージに関連した記事を書いておりますので、是非、そちらもお読みください。


クリシュナ、キリストの意識レベル他

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それでは、先ず、高橋恵美さんのメッセージです。


ワンネスの皆さん、

昨年の暮れに日本から100人以上がスペシャルディープニングに参加して帰ってきました。

世界全体では、50カ国以上から千数百人が参加し、参加者の97%がアウェイクニングしたと判定されました。

残りの3%の人も日付を与えられ、その日を中心にして3日ないしは5日間真っ暗な聖なる空間に入っていればアウェイクニングすると伝えられました。ですから全員がアウェイクニングということになります。

 私は今回のコースではGC2キャンパスで、日本からの参加者のために通訳をさせていただきましたが、このアウェイクニングについて一部誤解もあるようですのでお伝えしようと思いました。
 
ある方の個人ダルシャンで、その方がバガヴァンに

「以前に意識レベルが1から1000まであると伺いクリシャナは1000で、イエスキリストは999だと伺いましたが、アウェイクニングのレベルは1から100までと言われています。

意識レベルとアウェイクニングは同じですか?」というような質問をしました。

するとバガヴァンは「アウェイクニングと意識レベルは違います。

アウェイクニングとは内側に葛藤がない状態、苦しみがない状態です。

しかし意識レベルとアウェイクニングのレベルには関係はありますが」というような返事でした。

コースのなかでガイドの方の話ではアウェイクニングのレベルが70以上になるとそれはエンライトメントだということでした。つまり悟りということでしょうか。

ですからアウェイクニングしたからといって私たちが一般に言われているような悟りを得たということではありません。

アウェイクニングは永遠のプロセスです、とも言っています。

またバガヴァンは、アウェイクニングした後にその人がどれだけ速く成長するかは人によって異なり、サダナを熱心に行えばどんどん成長していくとも言っていました。

つまり、自分のなかの気づき、瞑想その他によってそのスピードは異なるということだと思います。

そして今回のコースのアウェイクニングはディバインからのプレゼントですとも言われました。

無数の光の存在やエンジェルたちが参加者の脳の配線を変換してアウェイクニングさせてくれたようです。

今人類の集合意識が変わらないと、地球環境はどんどん悪化し、地球は破壊されてしまいますともバガヴァンは言
っていました。

ですから今回のコースは地球人類の集合意識を高めるために、参加者が人類を代表してディバインからアウェイクニングを受け取ったということになります。

そしてアウェイクニングした人からの影響で他の人々もどんどんアウェイクニングしていき、2030年、2035年には人類全体がアウェイクニングし、外側の世界でもゴールデンエイジが実現するということです。

でも私の感じでは今回のディープニングに参加しなくても、日本人のなかでアウェイクニングしている方はかなりいると思いました。

もうこれだけ波動が高くなり、恩寵も強まっているので真面目にサダナを行い、内側の気づきのある人はアウェイクニングしていると感じています。

でもインドでコースを受ければさらにそのレベルも高まることと思いますので、行ける方はこれからもインドコースに参加なさるようお勧めします。

またバガヴァンが中国、台湾、韓国、マレーシアは離陸したが、日本はまだ離陸していないと言われ私は内心ショックを受けました。

それで日本に帰ってからキランジにそのことについて質問すると、「それは日本には大きな可能性があるからだ」と言われました。

そしてそのためにどうすればよいかと尋ねたところ、アクティブなトレーナーをもっと増やすことだという答えでした。

ローカルなレベルで活発に活動しているトレーナーがもっと必要だということでした。

以上、思いつくままに書きましたが皆さんの参考になればと思います。


以上が、高橋恵美さんからのメッセージでした。


ワンネス・ガイド、ダグ・ベンリー氏からのメッセージ

以下は、高橋恵美さん、佐藤裕美さん共訳のワンネス・ガイド、ダグ・ベンリーとのワンネスコミュニティー向けの電話会議の内容の大雑把なメモです。


皆さんはシフト(*脳の変換、アウェイクニング)が生じた後も、浄化が続くのが普通であるということを知っていたでしょうか?

時にはそれは非常に激しくなることもあります。ただ生じるままに受け入れてください。あなたにできることは何もありません。

そしてある日、あなたのプロセスに“突破口”が開かれて、平安が訪れることでしょう。(*アウェイクニングした後で)さらにチャージや恐れが浮上して来ることがごく一般的に起こります。

このような継続的なアウェイクニングのプロセスが数ヶ月ほど続いた後、静まることもあります。

しかし、その後もさらに深いところで続くことでしょう。恐れないでください。それはすべてあなたのプロセスの一部です。引き続きディクシャやOMBを受けてください。

アウェイクニングのもう一つの側面は、内側にはもはや人というものがなく、気づきだけがある状態です。

すべては自動的です。すべては自然に生じていきます。そして、あなたは無条件の苦しみを感じるかもしれません…これは人類の苦しみであり、聖者たちに動機を与えてきたものです。

これがアバターであるシュリ・アンマバガヴァンを動機づけてきました。

このためにシュリ・アンマバガヴァンは子供時代から苦しんできました。

人類の苦しみの感情は非常に強いこともあれば、微妙なこともあります。それは来ては去っていきます。

覚えておくべきことが一つあります。

それはワンネスの仕事は非常に神聖で微妙だということです。

私たちはこの仕事を誠実さ及び神聖な気持で行うべきです。

チェックし、バランスを取ることが必要です。取るに足らないものと考えるべきではありません。

アウェイクニングしたからといってあなたが何かになるわけではない、ということを知ってください…聖人、聖者、アバターになるわけではありません。

実際、あなたは外側に対して不満を抱かず、とても謙虚な人になります。

アウェイクニングしたからといって、特別な人になるわけではありません。実際、それによってあなたはとても普通になるのです。

また、あなたがアウェイクニングした後、他人に向かってその人がアウェイクニングしたと告げることはできません。

それを行うには、あなたは非常に高いアウェイクニングのレベル(50以上のレベル)である必要があります。

アウェイクニングした人のほとんどは1から7のレベルです。

またあなたがアウェイクニングした後、他人を助けようと思わないなら、それはそれで構わないということを知ってください。

しかし、大きなやり方で人類を助けたいと願うなら、ワンネスユニバーシティーは心からインドのディープニングコースにあなたをお招きします。

参加するための休暇とお金が得られるよう、あなたのディバインに心から祈ってください。インドに行くために一生懸命努力してください。ワンネスユニバーシティーはあなたがアウェイクニングすることを保証します!

私たちの使命は、かつては一定数の人類を目覚めさせることでしたが、これは達成されました。

今や、新しくアウェイクニングした人々がアウェイクニングを与える時です。人類が人類によってアウェイクニングしていくのです。あなたはそのような人々の一人ですか?

またワンネスメディテーター全員がアウェイクニングしたことを知ってください。多くのワンネストレーナー達もアウェイクニングしました。

あなたに愛、平安、喜び…そしてアウェイクニングがありますように!

(翻訳:佐藤裕美&高橋恵美)


聖なる空間、真っ暗闇の中で瞑想することの重要性 byバガヴァン

以上が、最新ワンネス関連のメッセージですが、興味深い内容がいくつもありました。

先ずは、聖なる空間を作って真っ暗闇の中で瞑想することの重要性ですね。

バガヴァンは、以前このように語っていました。(詳細「ヴァストゥ&聖なる空間を創り瞑想する by バガヴァン」)

「私たちは聖なる空間で会うことができます。今日以降、皆さんは自分の家に自分自身の聖なる空間を創ります。

そして、そこでいつでも好きな時に瞑想することができます。

必要なことは部屋にパドカを用意することです。パドカはあなた自身の神の御足を意味します。そしてあなたが崇拝する神のプレゼンスを、ハートから呼び招きます。

最高に聖なる空間を保つようにします。もしそこに聖なる雰囲気がなければ、プレゼンスは来ないかもしれないし、またはあなたがそれを感じることができないかもしれません。

聖なる空間に身を浸すことは、神に近づく最も簡単な方法です。

最初にあなたは自分の神の領域に入ります。次に神にもっと近づきます。最後にあなたは神とひとつになります。

あなた自身の神の現前にいる事は、アウェイクニングのための最も簡単な方法です。

自分の家で聖なる空間のなかで、好きな時間に瞑想することはあなた自身の成長につながります。」

(闇の瞑想に関しては、「必見!バガヴァンのウェブ・ダルシャン」もご参照ください。)


アウェイクニング(覚醒)の深まりに比例して、苦しみは減少する

アウェイクニングについては、「内側に葛藤がない状態、苦しみがない状態」とのことですが、これは気づき(純粋意識)の深さと関係しています。

気づきが深ければ深いほど、ストレス的体験が、マインドや神経系に傷として残らないのです。

普通、このような体験は、ノミで刻んだように、肉体の神経系や深層意識などに残ります。感情的チャージという形で意識の中に残るわけです。

それが、結果、日常生活でイライラや欝っぽい感覚、恐怖など様々な感情や気分として体験されます。そしてマインドにおいては「雑念」という形で体験されるのです。

ところが、瞑想やディクシャ等で気づき(純粋意識)が深まってくると、ストレス的体験が傷のような形で残らないのです。

段々、砂に画いたように、やがて水に画いたように、最終的には、空気に画いたように、全くストレス的体験が印象に残らず、瞬時に消えてしまうのです。

アウェイクニング(覚醒)が深まれば深まるほど、苦しみから解放されてゆく、という訳です。

ですから、ストレス的体験の結果として出てくる雑念からも解放されてゆきます。

葛藤するということがなくなってきます。頭の中は、一点の曇りもなく澄み渡って、物事を先入観なく常に新鮮に体験できるようになるのです。

ということで、常に内側(心の中)に注意を向け、現象世界に対する様々な反応に、気づいていることが大切です。


キリストは十字架で死ぬことを選んだ

また意識レベルとアウェイクニングの違いについて、バガヴァンは明確に答えていなかったのですが、意識レベルはアウェイクニング(覚醒、純粋意識の度合い)に神実現が加わったもので、この神実現は、相対界に属している部分で、神との合一の度合いだと思います。

意識レベルが1から1000まであり、クリシャナは1000で、イエスキリストは999など、このクリシュナとキリストのわずか1000分の1の違いを知りたいところです。

クリシュナが神の化身(アヴァター)であることは知られていますが、キリストもアヴァターだったようです。

昨年12月22日、中島輝彦さんから、12月5日に行われたバガヴァンのドイツのフォロワーとのダルシャンにおけるQ&Aの翻訳を頂きました。その中で、キリストについてバガヴァン以下のように語っています。


『Q5:あなたの教えの中に「あなたが外側で見るものは、自分自身との関係の投影でしかありません」とあります。キリストは十字架で亡くなりました。

神との完全なワンネスにある人が、彼の人生で痛みと葛藤のすごい大きな投影があります。なぜでしょう?

シュリ・バガヴァン: キリストは葛藤があって十字架で死んだのではありません。彼は十字架で死ぬことを選んだのです。』


ということですが、キリストのレベルになると肉体的な苦痛からは完全に自由になっています。もちろん、苦痛を味わうことも可能です。

これは、我々の本質(真我)が、純粋な意識だからです。(この辺のところは、以前の記事「ワンネス瞑想はバガヴァンの集大成?!」をご参照ください。またバガヴァンとのQ&Aは、14まであり、戴いたQ&Aすべてこのブログ記事の最後の方に掲載させて戴きます。)


人類の集合意識が変わらないと、地球は破壊される

更に気になるメッセージがありました。

「そして今回のコースのアウェイクニングはディバインからのプレゼントですとも言われました。

無数の光の存在やエンジェルたちが参加者の脳の配線を変換してアウェイクニングさせてくれたようです。

今人類の集合意識が変わらないと、地球環境はどんどん悪化し、地球は破壊されてしまいますともバガヴァンは言
っていました。

ですから今回のコースは地球人類の集合意識を高めるために、参加者が人類を代表してディバインからアウェイクニングを受け取ったということになります。」

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(2006年7月の満月グルプルニマの日のディクシャ会、左側ディクシャをする筆者)

この無数の光の存在やエンジェルたちですが、私が以前に都心で開催していたディクシャ会場でも今は亡きKさんの写真にたくさん写っていましたね。

その後が問題です。

2035年頃から本格的な黄金時代に入ってゆくことは、以前からバガヴァンから伝えられていましたが、どうもこのまますんなりと黄金時代へと入って行く訳ではないようです。


今後、25年間で60億人が減る byG・ボーネル

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(ゲーリー・ボーネル、「光の超12日間」ヒカルランド刊より)

この辺は、このブログでもよく取り上げるアカシックレコード・リーディングで有名なゲーリー・ボーネル氏もバガヴァン同様2036年頃に人類は大きなシフトを体験すると言っています。(面白いことにバガヴァン同様、人類は将来両性具有のようになってゆくとも言っています。)

そしてその後、本格的なユニティ(ワンネス)の時代に入ってゆくとしていますが、そこに至るまでの25年間はあまり楽な期間ではない、これから先の25年間で60億人くらいが減ると言っています。

また、現在、5億人前後のマルデックからの魂が地球に転生してきているとのことで、マルデックは、科学技術の間違った使用により惑星そのものが破壊され消滅したため、彼らはその苦い経験を繰り返してはいけないという考えを持って、このシフトの為に今の地球に転生してきているそうです。

そして、平和の実現を掲げながらも戦争や破壊という脅しを繰り返している人類が、原子力によって自滅するのを防ごうと格闘しているとのことです。

とこのように、G・ボーネル氏は、自著「光の超12日間」で語っていましたが、この辺は非常に重要なところです。

ある覚者が、原子力というものが、我々の住むこの物質世界の精妙レベルに不秩序と非常にネガティブな影響を及ぼしていると言っているのを聞いたことがあります。

原発周辺では、様々なガンの発生率が非常に高いことが分かっています。

核実験は言うに及びませんが、原子力発電も全て即時廃止の方向に持っていかなくては、人類はこの原子力で自滅することになりかねません。


数年後、日本のほとんどが水没する?!

またバガヴァンが中国、台湾、韓国、マレーシアは離陸したが、日本はまだ離陸していないと言ったことも確かに
ショックです。

このことに関連するわけではありませんが、最近、よくこのブログでも登場する私の友人Hさんから、重大情報が入りました。

Hさんの知り合いに、聖白色同胞団と言われるグループ、これは霊的な覚者たちのグループで、精神世界系の人々には有名な霊団なのですが、そこと繋がっているという瞑想指導者のYAさんから聞いたそうです。(聞いた話によるとYAさんの透視能力は、超人的です)

そのYAさんは、以前から2012年には、何も起きないよ、と言っていました。

ところが、最近、そのYAさんが、今から3年位は地球は平穏だが、その後、地球は大激動の時代に突入する、というヴィジョンを見たそうです。

そのヴィジョンによると、日本列島は、内陸部を残して、ほとんどが水没してしまうようです。

日本の中でも、岡山が比較的安全な場所とのこと。

実は、私は以前から晩年過ごすなら岡山がいいな、と思っていただけに、このメッセージを真剣に受け止めています。

で、YAさんも瞑想する人々を増やす必要があると、それまで有料だった瞑想指導を無料で始めたそうです。

地球上の多くの人々が、覚醒(アウェイクニング)することだけが、危機回避するための唯一の道です。


完全なアウェイクニングレベルは50以上、悟りは70以上

またワンネス・ガイドのダグ・ベンリー氏の話の中で興味深かった発言があります。

「あなたがアウェイクニングした後、他人に向かってその人がアウェイクニングしたと告げることはできません。

それを行うには、あなたは非常に高いアウェイクニングのレベル(50以上のレベル)である必要があります。

アウェイクニングした人のほとんどは1から7のレベルです。」


アウェイクニングのレベル50ですが、これは、意識的になれば「空」(無思考状態、純粋意識)に長時間なれる状態です。

全く努力なく自然な状態で24時間無思考状態になれれば、それがレベル70、悟り(エンライトメント)です。

この「空」の次元からのみ正しく直観が働くのです。

ですから、この「空」を体験している人のみが、他人がアウェイクニングしたかどうか正しくジャッジメントできるのです。

昨年7月頃、私もよく知るKさんが、バガヴァンの下を訪れて、完全にアウェイクニング(覚醒)した人、日本人第1号と言われたそうです。

このKさんは、 日本にバガヴァンを紹介したOさんが、三鷹でセンターをやっていた時代、つまり10年以上前からのバガヴァンのフォロワーだった方です。

昨年は、私のディクシャ会を長年手伝ってくださっていたY・Kさん(最近、アンマ・バガヴァンの本を2冊訳し出帆新社より出版しています。)やNさんたちと一緒にやっていたようです。

現在は、Kさんはワンネス・メディテイターとなられ、バガヴァンのお墨付きも戴いたということで、各地で引っ張りだこで大変な活躍をされています。

Kさんとは、4年位前のトレーナー養成コースで一緒でした。

そのコースでは、丁度、バガヴァンとのダルシャン時に、バガヴァンに質問したデンマーク人がやはり、完全にアウェイクニング(覚醒)したと言われていました。

そのコースで、私がKさんと親しいYさんに「無思考を見ることで無思考が拡がってくるんですよね」という話をしていたら、Kさんが私の話に聞き耳をたてていて、私の話から何か掴んだように感じました。

その後、日本に帰ってきた時の大会場での報告会で、Kさんが、「今私は空っぽです」と話したので、やはり無思考である「空」を見ることを確実に掴んで帰ってこられたなと思いました。

あの時、私を通してバガヴァンが、その時のKさんにとって必要なことを喋らさせたのかもしれませんね。

昨年2012年2月頃、私のディクシャ会を手伝ってくれていた人たちと会った時に、皆がYさんのエネルギーが凄いと言っていたので、(皆相変わらず気のレベルでジャッジしているな、と思いながら、笑)Yさんも素晴らしいけど、Kさんがいい線言っているよ、と話したことがあります。

このYさんと同様やはり古くからのフォロワーであるMさんが参加した10年位前のコースで、お二人とも対象との一体化の体験など素晴らしい体験をされてバガヴァンに悟りを開いた、仏陀誕生などと言われたそうです。


完全に悟りを開いたワンネス・トレーナー

Kさんもそうですが、何人か確実に「空」を掴んでいるというか「空」となっている人たちがいます。

最近、音沙汰がなくなり、私同様バガヴァンの下をこの数年訪ねていないかと思いますが、やはり古くからのフォロワーでトレーナーのSさんという方がいます。

この方も、以前にバガヴァンから完全に覚醒したと言われています。

この方の場合、確実にレベル50を超えているのではないかと思います。

マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーの傍に1年以上いた方です。

ところで最近Kさんは、日本のダライラマと言われたそうですが、確かにルックス的にも似ていますね。意識レベルも同じ位なのかもしれません。

バガヴァンの古くからのフォロワーとして、おそらくご本人の最も望んでいた状態を達成でき、バガヴァンの手足となって活躍されているので、本当に良かったなと思います。

ダグ・ベンリー氏は、「アウェイクニングした人のほとんどは1から7のレベルです。」と語っていましたが、1~7ということは、多くの人々がアウェイクニングしたばかりだからですね。

アウェイクニングして、いきなり20とか30にはなりません。

しかし、そのような人々もこのワンネス瞑想(メディテーション)やサダナを欠かさず続けてゆくことで、私の体験から言ってもレベル50、70もそんなに遠くない未来に達成できるのではないかと思います。

それが、ひいてはこの地球の危機を救うものとなるはずです。



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覚者が語る「日本の恩人、聖徳太子」とは?

私が、1977年にマハリシ・マヘッシュ・ヨーギーの書いた「超越瞑想入門」(読売新聞社刊)と神田の古本屋で出会ってTM瞑想を始めた頃、白光真宏会の創始者で有名な五井昌久師の本に、やはり感銘を受けたことがあります。

(白光真宏会は、バガヴァンとも縁があるようで、数年前に共同で世界平和大会を開催したことがあります。)

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(五井昌久師、「日本の心」白光真宏会刊より)

その時、もしTM瞑想に出会わなければ、白光真宏会に入っていたのではないかと思います。

この方も紛れもなく覚者だと思ったからです。とても素晴らしい内容の本を何冊も出版されています。

その中でも特に、今の時代にぴったしではないか、と思う本があります。

それは「日本の心」と題された本です。

この度の選挙による安部首相の登場によって、日本が今、平和の道を行くか、戦争の道に突っ走るかの岐路に立たされているように思います。

安部首相は、愛国者と思われますが、憲法改正など一歩間違えると戦争への道を走ることになる危うさを秘めているように思われます。

この五井先生の書かれた「日本の心」の中に、かつて日本に存在した聖賢への深い洞察を通して、日本が今後進むべき道が明確に示されています。

その本の中からいくつか抜粋して、紹介させて戴きます。

先ずは、聖徳太子です。私などは、このような人々のことを思うだけで涙が出てくるのですが、太子は、偉大な聖者だったことが、五井先生の文章から分かります。日本の恩人と言ってもいい方です。

かつて、日本の歴史にこのような人物がいたことを誇りに感じます。インドで言えば、アヴァター(神の化身)と言われた「ラーマ」に匹敵する人物です。

五井先生も書いていますが、今の政治家は、この聖徳太子を少しでも見倣らわなければなりません。

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(以下、「「日本の心」五井昌久著、白光真宏会出版局刊より転載)

聖 徳 太 子


太子生誕の意義 

聖徳太子について人々はくわしいことは知らないにしても、太子は日本の歴史上の人物としては、かなり有名でありまして、彫像や画像によって、その姿形は巷間にもよく知られております。
 
私が聖徳太子について書いてみたいと思ったのは、現代にこそ、聖徳太子のように霊覚者であって政治家でもあった、というような人物の出現を望むこと切であるからです。

聖徳太子は、女帝である推古天皇の摂政の宮として、天皇そのままの政治を司る要職にありましたので、政治家としてまた政治指導者として、縦横にその霊覚による政策を遂行してゆかれたのであります。
 
聖徳太子の生れられたのは、西歴574年でありますが、その頃の国情は、国民の上の人も下の人も、思想は幼稚であり、生活も低級でありまして、文化と称する程のものもなく、氏族制度、封建制度の弊害はそれはひどいものでありました。
 
中央政界は蘇我、物部、中臣、大伴などの伝統的権力者により、常に氏族的抗争を繰り返し、国政は私勢力拡張のためのものでありまして、世襲的に要職を独占しており、地方においても、国司、国造、伴造などが、同じように土地人民を私有していました。
 
実際には天皇が大権を握っているわけなのですが、実は氏族の権力者の手にその実権は握られていまして、人民の幸福などというものは考えられてもおりません。

ただ、権力者が私欲のままに人民を使役していたに過ぎなかったのです。

ですから天皇といえども、時の権力者に逆らえば、天皇の座に止まることができなくなったのでありまして、崇峻天皇などは、時の権力者蘇我氏を抑えようとして、かえって刺殺されてしまいました。

ところが幸なことに、聖徳太子は、大臣蘇我稲目の娘堅塩姫の子の橘豊日皇子(用明天皇)を父とし、同族小姉君の娘の穴穂部間人皇女を母として生れていたのでありましたので、後年推古天皇の摂政として政治を行う時にも、深い蘇我氏との姻戚関係が、太子の身を完うせしめたともいえるのです。

ちなみに父母の母たちが共に29代の欽明天皇の后でもあったのです。

太子の生まれた頃は大臣蘇我氏と大連物部氏とが対立し合っていましたが、やがて次第に曽我氏の独裁にうつっていったのであります。

もし太子が力弱い氏族の閨閥から出ていたならば、いかに太子の器量が秀れていても、大きな働きは出来なかったことでありましょう。

すべては神謀らいによるものでありまして、時と処と場とを神謀らいに謀らい給うて、聖者賢者を遣わされるのであります。

聖徳太子はそういう意味で、日本の天命を果させるための先駆けの聖者として、地球上に生れ出た人物といえるのです。

五世紀の頃は、当時の南宋(中国)に歴代の日本の天皇が、こもごも使者を遣わして、南宋のご機嫌取りをしていたのでありますが、これは朝鮮半島の諸国、百済、新羅、任那、加羅、秦韓、慕韓等の勢力を抑えるために、大国である南宋と緊密に結びついていたかったからでありましたが、その甲斐がありまして、雄略天皇は、秦韓、慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王に任命されましたが、百済は日本の政治的支配下に入らず、六世紀になりましてからは、日本は任那の支配権まで失って、次第に朝鮮半島における権力をなくしていってしまったのです。

そして、雄略天皇22年(西暦478年)には中国王朝とは個人的交流のみで、国としての交流が暫らく絶えてしまいまして、そのまま、聖徳太子の時代にうつってきたのであります。


日本文化と太子

聖徳太子在世の頃の日本は、中国大陸の諸国から、日本は倭と呼ばれていまして、百済や高麗や新羅よりも後進の国としてみられるに至り、あたかも中国の属国のように見られていたのであります。

それもその筈でありまして、日本国内は、氏族同志の権力斗争に明けくれていて、国内の文明文化に対しては、一向に心を傾けていなかったのであります。

もし聖徳太子が日本に生れ出なかったならば、日本はいつしか中国の属国となり果ててしまっていたのではないかと思われます。

聖徳太子の偉大さは、その平和を切望する心と共に、中国大陸の文明文化をいち早く、自国のものとし、それを吸収消化せしめたことにあるのであります。

今日の日本の文明文化への道開きは一に聖徳太子の功績によるものといえましょう。

太子が生長されるまでには、父用明天皇は太子の14才の頃におかくれになられ、その悲しみの年に、蘇我馬子と穴穂部皇子、物部守屋とが戦い、太子は止むなく馬子側に参加して、穴穂部皇子と、物部守屋を滅亡せしめ、人間関係の深刻さや、この世の悲劇的な在り方に大きな衝激を受けたのであります。

こういう門閥の争いが何度びかつづくのをみつめて、太子の心は釈尊と同じように、この世を超越せねば生きられぬ深い心の動揺を感じられ、ますます仏教に深く入ってゆかれたのです。

太子と仏教とは切っても切れぬ縁がありまして、日本仏教の開祖は聖徳太子その人といえるのであります。

太子の仏教はあに仏教という一つの宗教ではなく、古代から日本に存在していた神とう道の道とも融和していた広い深い仏教であったのです。

蘇我、物部の対立は勿論氏族同志の対立抗争ではありましたが、仏教派の蘇我氏と神道派の物部氏との対立でもありまして、これによって行った悲劇が、太子の心に神仏合体の宇宙宗教への道を開かしめたのであります。

太子は先人の政治政策が常に利欲に充ちたものであったのを眼のあたりにみておりますので、自らは閥を超え氏族を超えた政治であることを心に定め、対立的な相手に対してでも精神的にことを運び、常にすべての調和を旨としていたのでありました。

その心の現れの最たるものが、有名な十七条の憲法なのであります。
 

太子の非凡さ

この十七条の憲法のことは次の機会に述べることに致しまして、ここで、太子の非凡さを称える言い伝えを述べてゆくことに致しましょう。

日本書記によりますと、

「皇后、懐姙開胎さむとする日、禁中を巡行し、諸司を監察たまひて、馬の官に至り、すなはち厩戸に当りて労みたまはずして忽に産みたまひき。

生れましながら能く言ひて聖智ありき。

壮に及りて、一に十人の訴を聞きて失たず能く弁へたまひ、兼ねて未然のことを知りたまひき。

また内教を高麗の僧恵慈に習ひ、外典を博士覚哿に学びて、竝悉にさとりたまひき。

父の天皇愛みて、宮の南の上殿に居らしめたまひき。故その名を称へて、上の宮の厩戸の豊聡耳の太子と謂す」

とあります。

また、誕生霊験の一例をひきますと、

「古今目録抄」の文中「阿佐礼拝四十九」の語があります。 

阿佐というのは、百済威徳王の王子で推古天皇の第五年(太子二十四才)に来朝し、方物を献じたことは「日本書紀」にも記され、一般史家の認める事実でありますが、阿佐はすこぶる観相をよくする人で、聖徳太子の人相を一見して驚歎し、礼拝してしかも太子の生涯を予言したといいます。

「扶桑略記」の文をひいて見ますと、

「僕、此国に聖人有り、僕、自ら拝観せば情足る矣と。太子これを聞いて直ちに殿内に引く。

阿佐驚き拝して、太子の顔また左右の足掌を見、更に起って再拝すること両段、退いて庭に出で、右膝、地に着けて、合掌慕敬して曰さく、敬礼す救世大慈観音、妙教一たび東方の日国に流通し、四十九才伝燈演説したまふ、大慈敬礼菩薩と。太子目を合す。

須叟にして眉間に一白光を放つ。長さ三丈許り、良久して縮み入る。

阿佐再び起って再拝両段して出づ。太子、左右に語げて曰はく、是れ我がさきしん昔身に我が弟子たり、故に今来りて謝するのみと。時人はなはだ奇とす」

こういうことは、一笑にふす人もありましょうが、私の霊覚でみましても、事実でありまして、聖徳太子の如きは、仏陀、キリストに比してなんら遜色ない霊覚者なのであります。


毅然たる太子の外交

聖徳太子の霊覚によりますと、日本の真の姿がはっきり見極められますので、その日本の真の姿を、中国にも知らせる必要があることを痛感されまして、西暦600年、推古天皇8年に、太子は、中国王朝に使者を派遣し、ここに再び中国王朝(その時の国名は隋といいました)との直接の交流がはじめられたのです。

第一回の遣隋使が帰国する際には太子の要請によりまして、多くの書籍や、新知識をもった漢人たちが、使者とともに来朝してきたのであります。

第二次の遣隋使には小野妹子が大使として中国に渡ったのですが、この時よう煬帝に渡した国書が、聖徳太子の面目躍如たる「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつが恙なきや云々」という文面だったのです。

その頃の超大国である中国(隋)に対して、こういう大胆不敵な書を贈った聖徳太子の心には、古い古い昔の天御中主天皇の頃からの日本の真の姿が、霊の中心の場としての日本の姿が、はっきりわかっておられたからであります。

それでなければ、現実の国土においても武力においても、文明文化においても、はるかに弱く小さい日本国の立場で、こんな大胆な書面を贈れるわけがないのであります。

こういう書面をもらって、中国の煬帝は、無礼なと一度は不快に思ったのですが、書中にみなぎる、聖徳太子の光に打たれて、このような自信に充ちた書を贈ってくるからには、よほどに、倭国も進歩向上しているのであろうと、かえって逆にその意気高遠なるに大きな興味を持って、国書を持たせて裴世清等13人の使者を日本の国情視察のために送って寄こしたのです。
 
こうして、中国王朝との交流が復活し、四度遣隋使が派遣され、留学生を送ったり、あちらからも種々の人物が来日して、仏教をはじめ、文物、制度、技術などの各部門にわたり、大陸文化全般を吸収してゆき、急速に日本の文明文化が向上していったのであります。
 
その頃の政治の実権は蘇我馬子にあったのですが、対隋(中国)外交の主導権は聖徳太子にありまして、文明文化の発展や、精神的な指導などは、一に太子の掌中にあったのです。

時の最高の権力者であった蘇我馬子も、太子の高い人格に抑えられていたことは事実なのでした。


太子と親鸞

こうした太子の中国との交流による大陸文化の吸収こそ、今日の日本の発展の基本になっているのであります。

太子は日本仏教の祖であると共に、日本文化発展の最初の人であるわけで、太子の恩恵は今日にまで及ぼしているのです。

浄土真宗の親鸞上人なども、聖徳太子を非常に尊敬し愛慕しておりまして、御伝鈔にも、

「仏教むかし西天より興りて、経論いま東上に伝わる。是ひとへに偏上宮(聖徳)太子の広徳、山よりもたかく、海よりもふかし」といっていたり

「大師聖人すなはち勢至の化身、太子又観音の垂迹なり、このゆへに、われ二菩薩の引導に順じて、如来の本願をひろむるにあり」
といっております。

そして、皇太子聖徳奉讃の歌をいくつも作っております。その一つ二つをあげますと、

聖徳皇のあはれみて
仏智不思議の誓願に
すすめいれしめたまひてぞ
住正定じゃ聚の身となれる    

和国の教主聖徳皇
広大恩徳謝しがたし
一心に帰命したてまつり
奉讃不退ならしめよ

などというのがあります。

ちなみに申上げると、親鸞上人は宗教的に一番苦悩されていた時に、聖徳太子廟の夢殿で統一している時、聖徳太子が霊的に現われられ、親鸞上人の行くべき道を教えて下さった、ということでありまして、それが法然との結びつきになり、僧の最初の妻帯者ともなるきっかけがつくられ、ここに民衆と最も身近な宗教の門が開かれることになるわけなので、親鸞にとっては、守護神的働きを聖徳太子がなさっているわけになるのであります。
 
ですから浄土真宗の人たちにとっては、聖徳太子は法然と共に大恩人なのです。

もっとも聖徳太子は真宗の人ばかりでなく、日本仏教そのものの恩人でもあり、日本文化の恩人でもあり、日本を中国と対等の立場に立たせてくれた恩人でもあるわけです。


政治家こそ見ならってほしい

現代の政治家諸氏も、過去から未来までの遠い慮りをもった見識に立って、対外及び国内の両面の政治を行ってゆかねばならぬものなのです。

ただ単にその場だけの国民の要望に応えたり、外国の機嫌を取ったりする政治ではなく、日本の真の姿を基本にした、高遠な理想をもった政治を行わぬ限りは、日本は外国から尊敬される国とはならないのです。
 
日本の真の姿は調和そのものであって、いたずらに附和雷同する国ではないのであることを、そして、地球上における霊の中心の場に日本が置かれていることを、よくよく考えてみなければいけないのです。

考えてみるといっても、この頭脳の考えではなく、深い統一観による、魂の底からの叡智によって、すべての行動を定めてゆかねばならぬのです。

そういう意味で、今更のように聖徳太子の偉大さがわかってくるのであります。

聖徳太子は常に心を統一されて政務を行っていたのでありまして、斑鳩の夢殿は、太子の統一の場でありました。

太子はここの統一によって、守護の神霊より教えをあおぎ、政務を司っていたのであります。
 
現代の政治家の中に、太子の如く、常に神とのつながりにおいて、政務を行っている人があるでありましょうか、

ただ単に自らの小智才覚によって、その場、その時の穴埋め的政策を行っているのでありますから、真実に日本を安泰にし、世界人類の完全平和達成の道に向ってゆくような、政治政策を行える道理がありません。
 
今後の世界政治においては、守護の神霊と人間との深い結びつきによる政治政策によるより他に、完全平和達成の道は開かれることはないのです。

何故ならば、人智によっては、眼前の事象のみに眼を奪われ、その処理にのみ窮々として、永遠のための政治政策を行う心の余裕を持つことができないからです。
 
本来の智慧能力は、すべて神からきているのでありまして、人間智というのは、頭脳の中に蓄積された、僅かな経験によるものなのです。

そういう小智才覚で、この尨大な宇宙の一員である、地球世界の政務を司ることは土台無理なことなのです。

国家や世界の政治にたずさわる者は、一度はその肉身の想念や才覚を打ち捨てて、改めて宇宙大霊の分生命としての自覚に起ち、はじめて政務にたずさわるべきなのでありまして、単なる個人のままの智恵才覚で、政務を司ろうとする心構えは言語道断というべきなのです。

祈り心なく統一の行なき政治家は、決して天意を受けることはできないのです。

そういう点で、聖徳太子の行蹟をよくよく範として学ぶべきなのであります。


三つのポイント

聖徳太子は、涅槃のこともよく知っておりましたし、神界霊界へも自由に往き得る自由身をもっておりました。

学問的には、周易、老子、荘子、易経、書経、詩経、春秋、礼記というように多くの書を読み、天文地理にも通じていたようです。

仏教の教えとしては勝鬘経や維摩経や法華経をよく説かれておられましたが、それら仏教を学問として知っていたよりも、その真理を身心に体して知っていたのであります。

ですから人の心を察知することも、日本の情勢や中国や朝鮮の状態なども、その霊覚に照してよくわかっていたのです。

そういう能力によって、大国中国と対等に附き合えたわけです。

現代の政治家たるもの日米外交、ソ連中国に対する態度、アジア諸国との交流など、聖徳太子の如く、自国の本来の天命に基づく、毅然たる態度をもって柔軟にしかもその場その時々において、自由円滑に政治政策を行うべきなのです。

それにしても、もっと魂的に深い統一観をもって、神霊との一体観を得る修業をしなければ、とても大政治家たり得ぬと思うのです。
 
聖徳太子が現代の政治家をはるかに超えていたことの第一は、神と直通した叡智の持ち主であったことです。

第二には心に私がなく、常に神仏のみ心を持って国家や国民のための政治を行ったこと、第三に憲法十七条のはじめの言葉にあるように、和を以て貴し、としたことであります。
 
政治を司る中心者がそういう聖者であることは、その光明が自ずから国内に反映して、氏族の斗争も絶え、国民の心も安定し、中国(隋)や三韓との外交も整っていた、その頃では最もよい時代になっていたのでした。

太子は一人の飢えたる者にまで心を配られるような愛の深い人であったことが書記にも記されています。

「十二月の庚午の朔に、皇太子、片岡に遊行でます。

時に飢者、道の垂に臥せり。仍りて姓名問ひたまふ。

而るに言さず、皇太子、視して飲食与へたまふ。

即ち衣裳を脱きたまひて、飢者に覆ひて言はく、「安にふ臥せれ」とのたまふ。則ち歌いて曰はく。

しなてる 片岡山に 飯に飢て 臥せる その旅人あはれ 親無しに汝生りけめや さす竹の 君はや無き 飯に飢て 臥せる その旅人あはれ
とのたまふ。

辛未に、皇太子、使を遣して飢者を視しめたまふ。

使者、還り来て曰さく、「飢者、既に死りぬ」とまうす。爰に皇太子、大きに悲びたまふ。則ちよ困りて当の処に葬め埋ましむ。……」 

慈悲深い太子、智慧深い太子を中心にして、推古天皇と蘇我馬子とも調和されていたようで、おだやかなのびのびした生活が、上下の国民の間にくりひろげられていたのです。                                   
太子は四十九才で亡くなられましたが、師であった高麗の僧慧慈は、太子の薨ぜられたことを聞き、大いに悲しみ

「今太子既に薨じ給う、我れ国を異にすと雖も、心は断金に在り。それがし某独り生けりとも何の益があらん。我れ来年二月五日を以て必ず死なん。困って以て上宮太子に浄土に於て遇い、以て衆生を化せん」
といってその通りに死んでゆかれた、ということであります。

この師も師でありますが、これ程師僧をして敬慕せしめた太子の威徳というものは、偉大なものというべきです。

聖徳太子こそ大菩薩の化身であり、日本の天命を完うせしめるために生れられた聖者であったのです。

太子は今神界にあって、ひたすら日本に神のみ心を顕現なさろうと働かれているのであります。

今こそ聖徳太子の和の精神を日本が現わさずして、いつの日、日本に真実の姿が現われることでしょう。

そのための私たちの世界平和の祈りなのです。

聖徳太子についてはもっともっと書きたいこともございますが、今回はこの程度にして置きまして、憲法十七条を終りに附して置きます。   


憲法十七条 

一、やわらぎ和を以て貴しとし為、さから忤うこと無きをむね宗とせ為よ。人皆たむろ党有り、亦さとれるもの達者少し、是を以て、或は君父に順わず、またりんり隣里にたが違う。然るに、かみやわら上和ぎ下睦びて、事を論ずるにかな諧えば、則ち事理自ら通ず、何事か成らざらん。

二、あつ篤く三宝をうやま敬え、三宝とは(1)仏法僧なり。則ち(2)四生のしゅうき終帰にして万国のごくしゅう極宗なり。いずれ何の世、何の人か、是の法を貴ばざらん。人、はなはだ悪しきはすくな鮮し、能く教うれば之に従う。其れ三宝に帰せずんば、何を以てかまが枉れるをただ直さん。

 註1(仏)―本体平等、万物一体の原理。(法)―現象差別、物々独立して整然としてみだれざる法則。(僧)―本体即現象、差別即平等と相関調和する実相。梵語で和合の意。  
2 四生とはインド哲学でいう卵生、胎生、湿生、化生の西。即ち生きとし生きるものを四大別した称。

三、みことのり詔を承りては必ずつつし謹め、君は則ち天とし、臣を則ち地とす。天覆い、地の載せ、四時順行して、万気通ずることを得。地、天を覆わんとせば、則ちやぶ壊るを致さんのみ。是を以て君言えば、臣承り、上行えば下なび靡く、故にみことのり詔を承りては必ず慎め。つつし慎まざれば自ら敗れん。

四、群卿百寮は、礼を以て本と為よ。其れ民を治むるの本はかならず礼に在り。上、礼あらざれば、下、ととの斉わず、下、礼無ければ必ず罪あり。是を以て群臣礼あれば、位次乱れず、おおみたから百姓礼あれば、国家自ら治る。

五、むさぼり餮を絶ち欲を棄て、明にうつたえ訴訟をわきま辯えよ。其れ百姓のうつたえ訟は、一日に千事あり、一日すらなおしかり、況や歳をかさ累ぬるをや。このごろ頃訟を治むる者、利を得るを常と為し、賄を見てことわりを聴く。すなわち財有る者の訟は、石を水に投ぐるが如く、乏しき者の訴は、水を石に投ぐるに似たり。是を以て貧しき民は、すなわちよ由る所を知らず、臣たる道もまたここにか闕けむ。

六、悪をこら懲し善を勧むるは、古の良典なり。是を以て人の善をかく匿すことなく、悪を見てはかならずただただ匡せ。其れへつら謟い詐る者は、すなわち国家をくつがえ覆す利器なり。人民を絶つつるぎ鋒劔なり。また侫り媚びる者は、上に対しては好みて下のあやまち過を説き、下に逢いては上のあやまち失をそ誹し謗る。それこれらの人は皆君にいさおしきこと忠なく、民にめぐみ仁なし。こは大きなる乱の本なり。

七、人には各任あり。つかさど掌ること宜しくみだら濫ならざるべし。それ賢哲を官に任ずれば、ほ頌むるこえ音すなわち起り、奸者官をたも有つときはわざわい禍乱すなわち繁し。世に生れながらも知るもの少し、よ尅く念うて聖とな作る。事大小となく、人を得れば必ず治まり、時急緩となく賢にあ遇えば自らゆるやか寛なり。これに因って、国家永久にして、く社に稷危からず。故に古の聖王は、官の為に人を求め、人のために官を求めず。

八、群卿百寮早くまい朝りおそ晏く退れよ。(1)公事はいとまな監靡く、終日にても尽し難し。このゆえに遅くまい朝れば、(2)急におよ逮ばず、早く退れば必ず事を尽さず。 

1 監―堅牢ならざる意 2 急ぎの場合間に合わぬの意。

九、まこと信は是れ義の本なり。事毎にまこと信あれ。それ善悪成敗はかならず信に在り。群臣共に信あらば、何事か成らざらん。群臣信なく万事悉く敗れん。

十、こころのいかり忿を絶ちおもてのいかり瞋を棄て、人のとが違を怒らざれ。人皆心あり、心各とれ執るところあり。彼の是はすなわち我の非にして、我の是はすなわち彼の非なり。我かならずしも聖に非ず、彼必ずしも愚に非ず。共にこれ凡夫のみ。是非の理、誰がよく定めむ。相共に賢愚なること、(1)みみがね鐶の端なきが如し。このゆえに彼の人いか瞋ると雖も、還えりて我があやまち失を恐れよ。我ひと独り得たりと雖も衆に従ひて同じくおこなえ挙え。

1 鐶―金のイヤリング

十一、明に功過を察して、賞罰必ず当てよ。このごろ日者賞は功に在らず、罰は罪に在らず、事を執る群卿、宜しく賞罰を明にすべし。

十二、国司、くにのみやつこ国造、百姓より(1)おさめる歛ること勿れ。国に二君なく、民に両主なし。(2)そっと率土の兆民は王を持って主と為す。任ずる所の官司は、皆是王の臣なり。何ぞ敢て、公ととも与に、百姓にふれん賦歛せん。

1 歛―租税を多く取り立てること 2 率土―地のつづく限りという意

十三、諸の官に任ずる者は、同じく職掌を知れ。或は病み或は使して事にか闕くことあらん。然れども知る事を得る日には、和することかつ曽てし識れるが如くせよ。そのあずか与り聞くことに非ざるを以て、公務を防ぐこと勿れ。

十四、群臣百寮、嫉妬あることなかれ。我既に人をねた嫉めば、人もまた我を嫉む、嫉妬のわずらい患、その極を知らず、ゆえ所以に、智己れに勝るときはすなわち悦ばず、才己に優るときはすなわちねた嫉みそね妬む。是を以て五百の後、いまし乃今、賢にあ遇うとも、千載にして、一聖を待つこと難し。それ聖賢を得ずんば、何を以てか国を治めん。

十五、私にそむ背きて公に向うは、是れ臣の道なり。凡そ人、私あれば必ずうらみ恨あり。憾あれば必ず同せず、同ぜざれはすなわち私を以て公をさまた妨ぐ。憾起ればすなわち制に違い法をそこな害う。故に初章に、上下かい和諧と云えるは、それまたこのこころ情なるか。

十六、民を使うに時を以てするは、古の良典なり。故に冬の月にはひま間あり、以て民を使ふべし。春より秋に至るまでは、のうそう農桑のとき節なり。民を使うべからず。そのたつく農らずんば何をか食い、こがい桑せずは何をかき服む。

十七、それ事は独りだん断ずべからず、必ず衆と与に論ずべし。少事はこれ軽し、必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論ずるにおよ逮びては、もしあやまち失あらんことを疑う。故に衆ととも与に相弁ずれば、ことば辞すなわちことわり理を得ん。

(以上、「「日本の心」五井昌久著、白光真宏会出版局刊より転載)

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(聖徳太子が眠る地、大阪府南河内郡太子町太子にある叡福寺


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プロフィール

三休さん

Author:三休さん
のブログへようこそ!

昭和28年東京都江戸川区  小松川の生まれ

都電の西荒川駅前にあ
った生家には、故赤塚不二
夫さんが下宿していました。

上の写真は、昭和30年5月石森章太郎さんが赤塚さんを訪ねてきた時のもの。

赤塚さんは、その2年後有名なトキワ荘に引越しました。

徒歩数分の石毛肉店には、私と一緒に住んでいた従姉と同じ深川高校に通う五月みどりがいて、この翌年に歌手デビュー。

生家の2軒隣にその数年後、横綱柏戸が引越してきました。

私は、その後両親が近所に建てた家に引越したのですが、3軒隣にラグビー日本代表だったターザン橋本(本名橋本晋一)氏が住んでいて息子が私と同級生。

息子H君はその後早稲田ラグビー部の主将。

私が小中学校時代に通ったラグビースクールで一緒にプレーした新日鉄釜石7連覇の立役者Mr.ラグビーと言われた松尾雄治君とその後早明戦で戦ったのには驚きました。

私も高校でラグビー部に入ったのですが、挫折。結局それが遠因で、精神世界に。

そして今に至るのですが、何が幸いするか分かりません。

もし、そのままラグビーを続けていれば、何がしかの世界で成功したかもしれませんが、失敗の人生を歩んでいた可能性があります。

真の意味での成功者とは、永遠不滅の至福の境地である「悟り」に達した人々のことであり、そこに向かって着実に前進している人々のことを言います。

(「悟り」「真の成功者」に関して詳細は、本ブログ記事「ホイットニーの死をバガヴァンの教えから考察する」等をご参照ください。)

まさに「人間万事塞翁が馬」。

趣味は瞑想です。

1977年から瞑想しています。      
基本的に24時間瞑想しています。
もちろん、座って瞑想するのも大好きです。

意識の内側へ入れば入るほ
ど、より覚醒し、より自由に
なってゆきます。

瞑想をとおして、
この世界のあらゆる楽しみ、
快楽をはるかに凌駕する
時間、空間を超えたこの
現象世界の源である
永遠不滅の純粋意識、
そしてその本質である
絶対的な自由と愛と至福を体験します。

多くの方にこの事実を体験を通
して知って頂きたいと思ってい
ます。

覚醒剤もドラッグもいりません! 

ただし、瞑想には、効果的で正しいやり方があります。

正しい角度で飛び込み、正しい泳ぎ方を身につけることで、スムースに海中深くに潜ることが出来ます。

それと同様で、効果的に効率よく、マインド(心)の内側深くに入り、究極的にはマインドを超越する方法が、正しい瞑想法です。

古来より覚者方より様々な瞑想法が、伝えられております。

マインド(心)は、永遠でもなく、真我(本当の私)ではありません。

その正体は思考であり、常に変化して止まず、幻影です。

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